昼寝ネコの雑記帳

2018年 06月 03日 ( 1 )

どうやらようやく、機が熟してきたようだ

Astor Piazzolla - Woe pass away

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 これまでの約16年間は、新規開業の産婦人科を中心に産婦人科のみを営業対象と考えてきた。昨年からは、知人の紹介で企業提携の流れも出始めている。

 ちょうど2週間前の同窓会から風向きが変わってきた。私が同窓会に出席したことを知った同窓生から、先週、連絡があった。北海道のD市で書店を経営する男性で、弊社のサイトを見て名入れ絵本に興味を持ったという。早速、見本と資料を送った。彼がD市の市議会議員であることは、後日知った。

 何年も前に、D市からはそんなに遠くないM市に、ブックスタートとして絵本を採用してくれるよう提案している。前市議会議長さんが窓口になってくれて、すでに市役所の担当部長さんと市長さんにも何度かお会いしている。

 改めて、D市とM市に対する提案書の内容を考えたのだが、行政にとって子育て支援にもなり、青少年育成の一助ともなる付加価値が思い浮かんだ。東日本大震災の後、被災者の方への絵本の寄贈のため、ご縁があってとくに気仙地域には何度もお邪魔した。復興支援のための援助物資は政府主導だけでなく、全国や海外からも寄せられていた。衣食住が喫緊の課題だった。しかし、私は別の視点から被災者の皆さんの生活を考えた。

 確かに、衣食住の欠乏は死に至る重大な問題だ。しかし、徐々に自立し、やがては衣食住の問題も解決するだろう。しかし、多くの被災者の皆さんは親を亡くし、子どもを亡くし、兄弟、知人、友人を失ってしまった。しかも、瞬間的に多くの方々が落命した。その異常な体験から、心に空洞ができ、精神的・心理的に立ち直るには、何が必要だろうかと考えた。

 そのときに閃いたのは「創作コンクール」だった。長年に渡り、全国規模の読書感想文コンクールは実施されている。小学校低学年から高校・勤労青年、海外日本人学校の生徒までを対象にしている。

 しかし、私は個人的に「創作すること」に拘りを持っている。たとえ荒唐無稽なストーリーでも、常識的には絶対にあり得ない設定でも、あるいは自分自身が主人公になって夢のような大活躍をする話でもいい。心の中に、将来に向けた希望や夢を、大事に持ち続けることが、どれだけ生きる活力になり、また感性を育むことになるだろうか。・・・それは私自身が、一番良く理解し実感し、さらには確信を持っていることだ。笑

 先週、M市の前議長と電話で話した。D市の同窓生で市議会議員の人物に、一連の資料を送ったと報告しておきたかったからだ。今日、また、M市の前議長に電話して訊いてみた。絵本の導入に対し、何がネックになっているかを質問してみた。その際、絵本の付加価値として、子育てや青少年育成の支援になる「創作コンクール」のことを、簡単に説明した。すると内容に興味を持ち、資料を送ってくれれば、担当部長に渡すといってくれた。

 電話を終えてすぐ、当時作成した資料を確認してみた。すると自分でも驚いたことに、2012年9月には、膨大な量と種類の調査資料、実施案、提案書、読書感想文コンクールとの詳細な比較データを作成し、ファイル化して保存していた。我ながら呆れるほどの分量で、かなり緻密で資料性の高いデータだった。仮に今日思いついたとしても、とても数日程度では作成できないほどの質・量だった。まるで、6年近く前の預言が、この日に成就したかのような不思議さを感じた。

 もちろん、自治体向けにアレンジした本格的な企画提案書の作成はこれからである。どうなるかは未知数である。しかし、私には妙な自信がある。おまけに、紙の原稿をコピーして何人もの審査の先生が読み、評点を集計する、というシステムではなく、サイト内の専用フォームで投稿し、先生たちにはサイト内に掲示された作品を、インターネット経由で閲覧してもらう、という完全にペーパーレスの詳細な設計図まで作成していた。

 この企画が突破口となり、やがては苦難の荒れ野の行軍も、終わりを告げる日が訪れるかもしれない。まだまだ妄想段階ではあるが、私自身にはかなりの確度で拡がっていくモデルになるという確信がある。ようやく機が熟したのである。あとは慎重にかつ大胆に進めるだけである。

 ちゃんと計算したら、今年の残業時間は、月間180時間を軽く超えていた。そろそろ報われてもいい頃なのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2018-06-03 00:39 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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