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昼寝ネコの雑記帳

2018年 05月 22日 ( 1 )

Old Friends〜甦る旧友との懐かしい思い出

Astor Piazzolla - Largo tangabile

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 過日の記事で触れたが、旧友夫婦が5月5日にアメリカを出発し、中国旅行を終えて帰路、日本に立ち寄っている。数日間名古屋に滞在し、金曜日に帰米するそうだ。

 新横浜駅の改札口で待ち合わせ、駅ビル内の京都風とんかつ屋に入った。彼は日本語を話し、いなり寿司など日本食を好む変わったアメリカ人である。学生の頃、彼等の家にホームステイしていた日本人女性夫婦も合流した。私たち夫婦と総勢6人だった。

 40年ほど前、ある映画の日本語版を制作する関係者から依頼され、ボランティアで声優を引き受けた。そのとき民泊させてくれたのが、彼の両親だった。そんな縁で、彼との付き合いが始まった。あのときは、まだ小さい双子の男の子と、生まれてまだヨチヨチ歩きの娘という家族構成だった。その後は、渡米すると決まって彼の家に泊めてもっらったので、子どもたちとは小さい頃からの顔なじみということになる。

 前回の来日以来なので、かなり久しぶりの再会だった。子どもたちは3人とも結婚し、それぞれに子どもが生まれているという。孫の数を訊いたら、なんと13人だそうだ。

 何度も同じことを言われているが、その後アメリカで私と一緒に仕事をした何年間かが、自分の人生にとって最も充実した思い出深い時期だったと、今日も繰り返した。40年程前から今日に至るまで、私は文字通り人生を駆け抜けてきたようなものだ。感傷に浸る余裕もなく、来る日も来る日も時間に追われてきた。

 しかし確かに、信頼・安心できるパートナーとして、米国内では孤立無援だった私を親身にサポートしてくれたのは事実だ。いわば戦場を一緒に駆け巡ったような、戦友という表現が合うのかもしれない。

 駅構内での別れ際に、彼は奥さんに頼んで私と二人の記念撮影をした。私は彼を指さし「ビフォー」といい、自分を指して「アフター」というと、奥さんは顔中笑顔で声をあげて可笑しそうに笑った。

 撮影が終わると、彼は真剣な視線を私に向けると「I love you」といった。男性からそのような表現をされることは滅多にないので、ちょっと躊躇しながらも、まるで映画で聞き覚えたセリフをいうように「Me, too」と答えた。男同士で戦友同士で、しかも旧友同士という人物が存在したのだと、改めて実感した。

 彼のお兄さんは従軍歯科医だったが、奥さんは数年前に山道をバギーで走行中に事故で亡くなっている。何度も会っているので、その後の状況が心配で訊いたら、数ヶ月前に再婚したという。私の家内は、自分にもしものときは、すぐに再婚しなさいといっているので、1週間以内に再婚すると約束しているし、すでに候補者のリストを作って持っている、というと、また奥さんが大笑いしてくれた。実によく笑う女性なので、冗談をいう張り合いがある。彼女の父親は肖像画家で、1枚描いてもらっている。旧友の弟の二人は弁護士で、よくサポートしてくれた。

 お互いにこの数十年の間に、それぞれいろいろなことがあった。私の大変な時期にも親身に協力してくれた。利害を超えた人間的な信頼関係を構築できていると、再認識した。

 この先、この年齢で、また渡米して何か新しいプロジェクトに手を付けるということは想像すらできない。しかし、人生というのは何が起きるか予想がつかないものでもある。ビジネスというのではなく、何かしら情報関連の分野ならそのような可能性が浮上するかもしれない。

 その日に備える、という意味ではないのだが、何をするにしても気力と体力、集中力が不可欠なので、まずは肉体の鍛錬を怠らないようにしたい・・・と、有言不実行の人間が、また宣言している。しかし、ようやく自分のライフワークが見つかった、といったら、私の仕事上の変遷を熟知している旧友夫婦は、笑顔で喜んでくれた。

 親日家の夫婦と彼等の親兄弟には、私を親戚同様に扱ってくれたことに対し、改めて感謝の気持ちを伝えたいと思う。・・・といっても、ここに書くだけだが。


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by hirune-neko | 2018-05-22 01:09 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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