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昼寝ネコの雑記帳

2018年 05月 21日 ( 1 )

神学的発生があれば、神学的終焉もあるのだろうか

Un Dia de Noviembre (Leo Brouwer) - Alexandra Whittingham

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 考えてみれば、ギターに触れなくなって久しい。ギターだけでなく、読書時間がまったく取れなくなっている。感性の枯渇であり思考停止・・・とまではいかないが、自分自身に充電できなくなっているという実感と焦りがある。このままだと放電状態になってしまうのではないか、という不安を感じ始めている。

 それもこれも、実務的な処理に追われているからだが、今はある種の過渡期なのであり、仕事が落ち着いたら状況が改善されるだろうと、楽天的に考えている。

 昨日、「モーセの五書」について調べてみた。パスカルの「パンセ」の中に「神学的発生」という言葉があったのを思い出し、では「神学的終焉」という概念が存在するのだろうかと考えているうちに、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のいずれも経典・聖典として採用している「モーセの五書」、即ち創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記の五書が思い浮かんだからだ。

 あまり聞かない言葉だと思うが、念のため「神学的終焉」という言葉でGoogle検索してみた。どうもなさそうだと思った瞬間、たったひとつだけ「愚考〜神学的発生から神学的終焉への変遷」という活字が飛び込んできたので嬉しくなった。さてどこの国の神学者あるいは哲学者だろうかと興味が湧いたのだが、それに続く記述を見て笑ってしまった。なんと「:昼寝ネコの雑記帳」と書かれているではないか。開いてみたら、昨年11月の記事だった。半年前にまったく同じ発想をしていたことになる。確かに思考が停止したままであることを実感した次第だ。

 この記事の最後の8行を引用させていただく。現在の私とまったく同じ発想なので、可笑しくなるぐらい本当に思考が停止しているのを自覚した。

(引用開始)
 目的の伴う神学的発生があったのなら、是非とも、この地球上の多くの人たちが直面している深刻かつ重大な危機を、「神学的終焉」に至らしめてほしいと願っている。手段や方法は思い浮かばないが、人智を超える神学的インテリジェンス手法で、救ってほしい。飢えに苦しみ、理不尽な虐待を受け、耐えがたい恐怖と不安に苛まれている、北朝鮮の国民や兵士の皆さんに、一日も早く平和と平安が訪れるよう心から願っている。勿論、近隣国や他国の皆さんのためにも。それと我が同胞のネコたちも含めてほしいものだ。
(引用終了)
(「愚考〜神学的発生から神学的終焉への変遷:昼寝ネコの雑記帳」)

 子どもが通っていた小学校の、当時PTA会長だった方が、何日か前に突然訪ねてきた。彼は以前、聖教新聞の販売店を生業としていたが、その聖教新聞を3ヶ月間購読してほしい、というのが来訪の目的だった。いいですよ、といって協力することにした。すると、何やら御書研究の資格認定試験があり、一般の人にも開放することになったという。日曜日に勉強会を開くので、参加して勉強してみないか、という誘いがあった。できれば一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教の発生史や変遷、さらには終末思想と、それに関連した地球の神学的終焉について研究してみたいと思っていることを伝え、申し出は丁重にお断りした。

ここ数日、コメント欄で何人かの方が「Stand Alone Complex」に関する記述に関連して意見を書き込んでくれている。日本人特有の同調圧力的和、というのが話題になった。その延長で自分自身を客観視してみた。どうやら私は、日本人でありながら、その同調圧力的は体質に合わないようだ。日本の組織に加盟していても、ことあるごとに孤立感、違和感を感じてしまう。この感覚の根源はどこにあるのか、正確に辿ることはできない。しかしどうやら、その原形は高校生時代に存在していたように思う。

 昨日は、その母校の高校の同窓会があり、市ヶ谷の私学会館まで行ってきた。昨年が創立100周年だったそうだ。半世紀前に歓談した同級生たちと、久しぶりに顔を合わせた。容貌だけでなく、人生観や価値観はさすがに大きく変わっている。しかし、本質的な感性・感覚には、当時の付和雷同しない気質の原形が今でも色濃く残っている。その先に思い当たるのは父の生い立ちだ。

 母が亡くなる数ヶ月前、父の従妹がお見舞いに来てくれたとき、父は祖父母の実の子どもではない、といった。思わず私と母は目を見合わせた。母ですら知らなかったことだった。祖父母は生地の秋田にいられなくなり、北海道の室蘭に逃げてきたともいった。父とは一緒に遊んだ記憶がなく、どちらかというと情のつながりが希薄だった。父は寡黙な人間だった。逆に祖父は腕に「大力」という入れ墨があり、毎日のように飲み仲間がやってきて酒宴となった。最後は決まって怒鳴り合いの大げんかになった。苦痛に耐えかねた私は、たぶん小学校の低学年だったと思うが、木製の野球バットを酒乱の大人達の頭に振り下ろそうと真剣に考えていた。

 冷静に考えると、私は父の子ではあるが、祖父からの血を引いていないことになる。粗野な酒乱の血を受け継いでいないことに、安堵の気持ちがあった。しかし、酒乱の親からちゃんとした教育を受けさせてもらえず、常に抑圧された人生を送り45歳で静かに他界した父の心情を考えると、不憫さが募る。父の生い立ちといっても、すでに1世紀も前になろうとしている。当時の状況を知る人は既に他界しているだろう。

 死後の世界に存在する父は、夢にも現れたことがない。しかし、父が無念の気持ちのままで生涯を終えただろうと、こうして私が父に思いを馳せていることを知り、霊界の父が喜んでいることが心に伝わってくる。無駄骨に終わるかもしれないが、いつか秋田に行って父の痕跡を探し求めてみたいと思っている。父の従妹に私の考えを伝えると、「そんなことして何になるのさ」と、一笑に付されてしまった。メンタリティの違いだろう。

 神学的終焉について考え始めた今日の記事が、このような流れになるとは意外だった。しかし、すっかり忘れ去っていた去年の11月の記事が、脈絡もなく甦えってきたのも不思議なことだ。なんの意図もなく選曲した曲のタイトルは、Un Dia de Noviembre。邦題は奇しくも「11月のある日」だった。

 もし今、父が私のすぐ近くでこの演奏を聴いていたら、どのような感想を述べるだろうか。まったく想像がつかない。


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by hirune-neko | 2018-05-21 00:39 | 心の中のできごと | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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