昼寝ネコの雑記帳

2018年 05月 13日 ( 2 )

自分の日常生活を客観視し、行動計画を立ててみた


Bill Evans Trio - What Is There To Say

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 朝から深夜まで、断続的に絵本の製作申込フォームが着信する。アルバムページの画像も届く。もちろん頻繁ではないが、その都度手を止めて中断し、処理作業をしている。さらに、電話やメールでの問い合わせや、時にはクレームも入る。産婦人科からの依頼案件も届く。いわゆる待ったなしの作業ばかりである。

 本当はじっくりと、中長期の構想を練り、達成計画を立てたいところなのだが、思うように時間を確保できず、徐々に案件が累積してしまっている。累積案件すべてをまとめて対応しようとすると、映画館が火事になり出口に観客全員が殺到するのと一緒で、完全に消化不良を起こしてしまう。それが精神的、心理的ストレス・疲労となって蓄積している、というのが客観的に見た今の状況なのだと思う。

 一気に解決する方法は思い浮かばないが、日常生活の基本パターンを設定し、チェックリストを作成して達成状況が一目で分かるようにするしかない、という結論に到達した。全体をいくつかのカテゴリーに分けてみた。

  1. 家族のフォロー・・・私の寿命が尽きることを想定して
  2. 自分自身の心身のケア・・・健康、語学、知識、種々の技術習得
  3. 気になる知人・友人のフォロー・・・できる範囲ではあるが努めたい
  4. 現在進行中の仕事・・・管理のマニュアル化、データベース技術、サイト更新技術他
  5. 中長期の将来構想・・・個人と家族のためのインテリジェンスサービス提供
  6. ボランティア・社会貢献・・・あまりやり過ぎないように

 ほぼこれで自分自身の全領域をカバーできると思う。カテゴリーは6種類だが、それぞれはさらに細分化されるので、なんらかのチェックリストの作成と実行が必要だ。これもかなりの意思力を必要とするのは目に見えている。

 歳を取っている暇がない、老け込んでいる余裕がない、黄昏れている時間もない。体力・気力・集中力を増し、維持しなければとても達成できそうにもない。そんな心構えになってみると、不思議なことに聴く音楽も絞り込まれるようだ。一時期はよく聴いていた女性ジャズボーカリストは、受け付けなくなっている。不思議なことだ。

 まずは精神面からシャキッと立ち上がるにも、気力を要する。しかし、ときどきふとアンドリュー・マーシャルのことを思い浮かべると、私はまだまだ若造だと思える。この先、照準を絞り込んで研鑽努力すれば、まだまだ知識を増やし、能力を高めることができる、と単純に思い込むことができる。やはり偉大な先人を知ることは、有益なことだと思っている。他の人たちから、自分が有害無益な人間だと思われないよう、日頃の怠惰な自分に鞭打って、もうしばらく頑張ってみよう・・・と考えた日曜日だった。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


[PR]
by hirune-neko | 2018-05-13 22:33 | 心の中のできごと | Comments(0)

脳内空っぽ症候群からの快復を待っている


Bill Evans Trio - Lucky to be me

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 午後から、文字通り脇目も振らず、遅延案件のひとつを仕上げにかかった。何種類かの製作物と、項目数の多い申請フォームのサイトへの設置である。連続7時間ぐらいかかったのではないだろうか。終わってみると、脳内が空洞になってしまったような感じがする。完全に器械になりきって集中したので、自由に何かを考える余裕がまったくなかった。

 今の心境をひと言でいうなら、自由を得るためにしばし奴隷の境遇に甘んじている、といったところだろうか。自由な環境というのは、代償もなく容易に得られるものではないと思う。人や物に隷属せず孤高な精神を護るには、それなりの苦難の行軍があってしかるべきだと思う。世俗の喧噪と距離を保ち、静かな思索の時間を維持したいと希望している。

 何年にもわたり、教材や資料を保存してきた。ダイレクト・レスポンス・マーケティング、ウェブマーケティング、コーチングなどだ。顧客と直に対面して営業する手法の対局には、インターネットを介在させて商品情報を提供し、購入してもらうう手法がある。ときには無料で情報や商品を提供する場合もある。しかしいずれも、最終的には時間や地理的な制約なしに、顧客との信頼関係を構築することを目指している。

 現時点では、まだ明確な姿は見えていないものの、そして歩みはのろいものの、着実に前進しているという安堵感はある。人生を旅に例えれば、人は無事に目的地に到達したとして、その場所からどのように生きるのだろうか。ある意味では、旅の途中で絶命し土の中に還ることになったとしても、目的地に向かって最期まで歩き続けた、充実した人生だったといえるのではないだろうか。

 仮に、目的地に到達したという実感があったとして、もしそれが心の旅だったとしたら、その人は、たとえどこにいようとも、そこからさらに永遠の旅人として、終わりのない旅路を歩み続けるのではないだろうか。

 音楽的には偏食傾向が強く、とても評論家にはなれない私だが、このジャズピアニストのビル・エヴァンスの演奏を聴いていると、時代の経過を超越したエッセンスを感じる。もちろん、バロック音楽に深く傾倒する人は、バッハに対して 同じような印象を持つかもしれない。しかし、ビル・エヴァンスには孤高の強靱さがあり、世俗から隔絶された崇高な精神性を感じる。決して現実社会から目を背けず、それでいて孤高さを保っている。到達したい心象だと感じる。

 残念ながら、今の私はドップリと現実に浸かりきり、仕事にかなりの時間を費やしている。営業でコンタクトし、人に会うことも増えている。しかし、やがていつかは自分らしく生きることができるよう、しばらくは自分のある領域を凍結したままにしている。

 ビル・エヴァンスは、その心象をピアノという楽器で表現したが、私は、架空の人物を脳内で創出し、その人物の生き方や語る言葉で、自分自身の心象を表現できればいいなと思っている。たくさんの名作を読めば、自動的にその知識で作品を書ける、という世界ではない。自らが現実社会で経験した実体験や感情体験をもとに、洞察力、想像力、妄想力を駆使して、架空の人物の魂に生命を吹き込むという、ある意味では狂気との境界線を越えた作業なのかもしれない。

 来る日も来る日も、毎日を現実社会で懸命に生きてはいるが、その半面、日に日に自分の内面は、その現実社会を醒めた目で見ながら、距離を拡げているように感じる。このままだと、仮に肉体的には生存者であったとしても、精神的には死せる魂、亡霊のような存在になっているかもしれない。・・・そんな摩訶不思議な心境になっているようだ。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-05-13 00:18 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
通りすがりさん コ..
by hirune-neko at 20:43
酵素のお話は興味深いです..
by 通りすがり at 19:05
千波矢さん コメン..
by hirune-neko at 23:40
昼寝ネコ様 大学院..
by 千波矢 at 18:42
千波矢さん 大変心..
by hirune-neko at 09:50
記事ランキング
以前の記事
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ