昼寝ネコの雑記帳

2018年 05月 06日 ( 2 )

あちゃ、和菓子をひと箱いただいてしまった


Yasunori Imamura - Silvius Leopold Weiss: Prélude & Fantasie in C Minor (Lute)

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 近所のアパートに、ご主人を亡くし独り住まいのおばあさんがいる。先日、古新聞を重そうに下げ、足を引きずって運んでいるのを家内が目にした。聞くと、トイレットペーパーと交換してくれるらしい。家に戻った家内が、買い置いていたトイレットペーパー2パックを届けた。

 そのおばあさんが今日、わざわざお礼に来てくれて、紙袋を置いていった。中を見ると、地元の三吉野という和菓子屋の箱で、15個の和菓子が入っていた。不自由な足を引きずってまで買いに行ってくれたのだと思うと、いかに断糖宣言をしている私でも無視するわけにはいかず、感謝の念を込めて頂戴した。久しぶりの甘い物だったせいもあるかもしれないが、なかなか美味であり脳の中心部まで至福感が届いた。

 高齢で独り住まいのおばあさん・・・ふと、Aloneという言葉が思い浮かんだ。すぐにジャズナンバーの、All AloneとかLeft Aloneが思い出された。同時にふと、Stand Aloneという言葉が浮かんだが、さて、どのようなときに使う言葉だったかが思い出せない。GoogleやYouTubeでも検索してみたが、それらしい用途が見つからない。NHK スペシャルドラマ「坂の上の雲」のテーマソングとしてのStand Aloneだけがやたらと検出される。何かの用語だったはずなのだが、記憶の彼方である。(推敲中にやっと思い出した。パソコン1台だけを単独で使用している状態を、確かStand Aloneと表現するはずだ)

 私自身は人と群れるのを好まずに生きてきたので、なんとなくStand Aloneという言葉がしっくり来る。和を尊ばず、ひたすら我が道を行くことに馴れてしまっている。しかし、時間は容赦なく経過し、全身機能も徐々に蝕まれているはずだ。普段あまり使わなくなっている単語が、なかなか思い出せないのもそのせいだろう。ある意味では寂しいことではあるが、逆に、厭なことや思い出したくない心象風景も風化していくだろうから、それでいいのではないだろうかとも思う。

 あらゆる不毛な論争が私の頭上を飛び交っているが、ただ傍観するだけである。この歳になって、人生の本質、そして人間の魂の尊さというものへの理解が深まってきたように思う。高齢で病弱で、自分でできることがどんどん少なくなっている人。そのような存在の人こそが崇高な精神性を持っているように思える。

 私ができる物理的な支援には限界がある。しかし、短編作品を創作し、人の心に癒しや感動、平安を感じていただけるようなお手伝いはできそうな気がしている。アメリカの公的機関の調査によれば、世界で一番難しい言語は日本語だそうだ。英語ならYouという一語、フランス語でもVousあるいはTuで済ませてしまう言葉も、日本語ではどうだろうか。あなた、あなた様、貴殿、貴公、おぬし、きみ、お前、あんた、てめえ、おまえ、おんどれ・・・おそらくまさまだあるのではないだろうか。

 そんな多面的な日本語を操って文章を書くのも大変だが、的確に理解する読解力を持つのも大変なことだと思う。願わくば、身体が多少不自由になったとしても、脳内がほぼ正常で、指先もキーボードを叩ける程度に機能が維持されているといいなと、切実に思う。

 もう少し、自分全体に負荷をかけてみようと思っている。


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by hirune-neko | 2018-05-06 23:47 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日の雑感あれこれ


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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 知人がFacebookでシェアした記事が目に留まった。記事は、倉山満という方が書いており、以下のように表現されていた。

(以下引用開始)
議論参加資格の必読文献
 本気で憲法のことを勉強したいなら、下記の本くらいは読んでほしい。すべて私の本。軽く読める。
 少なくとも、創価学会に改憲を飲ませるより、はるかに楽。

『保守の心得』(扶桑社)
『帝国憲法の真実』(扶桑社)
『帝国憲法物語』(PHP研究所)
『日本国憲法を改正できない八つの理由』(PHP研究所)
『右も左も誤解だらけの立憲主義』(徳間書店)

 読まなくてもいいけど、ここに書いてある程度の中身を理解できないで憲法を私に語った場合、その後に起きる自体はすべてその人の責任。
 言論の自由を行使するけど、議論参加資格に足る勉強をしないで世の中を動かそうなど、おこがましい。
 不勉強な人間が、「改憲」を叫んでも逆効果。
 足手まといだから、黙って勉強しててくれ。
(以上引用終了)

 不勉強で倉山満というお名前を、初めて目にした。調べると、倉山塾の塾長で現在は国士舘大学に勤務しているという。鋭い切り口に興味を持ったので、Amazonで調べてみたら、著書が多いものの幸いにして上記の5冊はすべて、Kindle版で出版されていたので購入した。読むのが楽しみである。


 今日の「株式日記と経済展望」には、以下のタイトルの記事が引用されていた。

 米国インサイド情報紙が「安倍3選は確実」と分析した理由〜「世論とメディアの動きは逆」と指摘/歳川 隆雄

 このインサイト情報誌の名前は「OBSERVATORY VIEW」であり、世間知らずの私はその存在自体を知らなかったが、国際的に評価の高いニュースレターのようだ。その記事の一部を紹介すると、論調は以下のようになっている。

(以下、抜粋引用開始)
<安倍総理を引き摺り下ろすことを望む勢力が大声で騒ぎたてているにも拘わらず、最新の世論調査によると、安倍内閣の支持率は30%台前中半でそれなりのフロアを形成しているようだ。この水準だと、9月の総裁選でチャレンジャーが安倍総理に勝利するシナリオを描くのは難しい。我々の使う支持率は11の主要メディアの毎月の世論調査結果の平均値である。NHK、大手新聞5社(朝日、産経、日経、毎日、読売)、大手通信社2社(共同、時事)、民放3社(日本テレビ、TBS、テレビ朝日)の11社だ>

より興味深いのは、福田財務次官のセクハラ疑惑発覚後、麻生大臣の辞任を要求する声が激しさを増していないことだ。実際、メディアの連日の報道にも拘わらず、そうした意見は(誤差の範囲だが)弱まっている
事実、「日本経済新聞」の最新世論調査(4月27~29日実施)を見てみると、麻生太郎財務相は「辞任すべきだ」は49%で「辞任する必要ない」の43%を上回ったが、「辞任すべきだ」は前月比7%低下している。
それだけではない。野党6党が麻生財務相の辞任など求めて国会審議を拒否していることについて「適切ではない」は64%で「適切だ」の25%を大幅に上回った。上述の「大声で騒ぎ立てている」のは野党6党と一部メディアだと、同紙は分析しているのだ。
(以上、抜粋引用終了)
・引用元記事「株式日記と経済展望」 https://blog.goo.ne.jp/2005tora


 引用が少々長くなってしまったが、読みながら感じたことが3点ある。

 第1点は、このアメリカの情報紙「OBSERVATORY VIEW」の情報収集力と冷静な分析手法が、かなり優れているように感じたことだ。

 第2点は、俗にいわれる左翼政党と左翼メディアの明らかな退潮傾向である、と感じたことだ。先刻セブンイレブンに寄った際、新聞スタンドを見てみた。ときどき夕刊フジと日刊ゲンダイの一面の記事内容を見較べるのだが、夕刊フジは1部も見当たらなかった。それに較べ、日刊ゲンダイは3カ所に分散してかなりの部数が売れ残っていた。いや、売れ残ったというよりは、配達されたままほとんど買われずに、そのまま残っているという印象だった。

 第3点は、安倍政権をなんとしても引き下ろそうとする左翼勢力に加え、その動きに呼応する自民党内部の勢力の懸命な奮闘にも拘わらず、どうやら大部分の国民は醒めた目で彼等を見放しているように思えることだ。同士であるマスメディアの絶大な支援を得てはいるものの、その画策が水泡に帰するのではなかという印象を強く感じている。長年にわたって、もの言わぬ沈黙の羊だった人々が、インターネットの影響で徐々に覚醒し、発言だけでなく行動に移すようになっている。ネトウヨとかレシストというレッテルを貼り、必死の印象操作を行っているものの、今では大多数の人々が実態を洞察しているように感じる。


 さて、では私は何をすべきなのだろうか。あれこれ考えるまでもなく、これまでの延長線上をマイペースで進むだけである。ともすれば、論争の渦中に身を置き、自陣の勝利を確信して邁進することが、人生の主要な部分を占めるようになっている人も多く存在するように思う。しかし、闘いに勝って得られる高揚感に浸っていても、やがてその反動として自己の内面に大きな空洞が存在し、そこには徒労感と空虚感が充満していることに気づくだろう。

 人生で最も価値あることは何か、という視点は常に持ち続ける必要がある。いわゆる手段が目的化してしまうと、それは本末転倒だというのが私の個人的な考えである。想定余命1年とかいっているが、現実はともかくとして、紀元前1000年からかれこれ3000年を生きている、という妄想には、そのような人生観が満ちるようになっている。

 人生は長いが、ある意味では短い。私自身を含め、一人でも多くの皆さんが、心の目を開き、悔いのない人生を送ることができるよう願っている。


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by hirune-neko | 2018-05-06 00:32 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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