昼寝ネコの雑記帳

2018年 04月 02日 ( 2 )

そうだ、旅に出ようと思う・・・できもしないのに。


Bill Evans - Gary's Theme, Paris Concert

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 最近は気分転換の必要性を痛感している。おそらくは脳内の同じ場所を酷使し、同じ領域の中で繰り返しの思考を続け、まるで脳内自閉症にでもなったかのようだ。

 たまには違う景色を見てみたい。水平線を目にしてみたい。異国の空港に降り立ち、初めての街並みからの刺激を受けてみたい。締め切りも約束もなく、ぼんやりとした時間を過ごしてみたい。・・・あれは誰の歌だったろうか。夜が明けたら一番速い汽車にに乗るから・・・そんな歌詞だったように思う。浅川マキだった。

 そんな願望とは裏腹に、とんでもない容量のデータを、ひとつひとつダウンロードしている。1ファイルが約2ギガバイトのmp4ファイルを、過去12年分遡っている。すでに音声ファイルのmp3ファイルではダウンロードしているのだが、やはり動画で保存したいと思うようになってしまった。データが重いので、間隔を置いての作業になってしまっている。まだまだ終わらない。

 今日、オルタナティブ通信という有料のメルマガが届いた。創刊号から購読しているが、300号まで保存したはずなのに確認したら276号までしか見つからなかった。事務局の方にメールを送り、事務手数料を払うので欠番分を送信してほしいとお願いした。果たしてどうなることやら。

 この数年来、とにかく視野を広く保とうという気持ちが先行し、かなりの範囲の情報を収集して保存している。インターネットから得られる情報のかなりの部分は、いわゆる流動的なテーマである。それはそれで重要なのだが、一方でアカデミックな知識も不可欠だと思っている。歴史や経済、国際政治、地政学、外交などである。ときどき、自分のことを病的なのではないかと思うことがある。ときどき独学の限界を感じることがある。そんなときは、週に一度の夕方から電車に乗り、表参道で下りて青山学院へ受講しに行ったときのことを思い出す。一応、入学試験は通っているので、単科履修という精度を利用すれば、国際政治などの希望する授業を受けられるはずだ。目下の状況では100%無理なのは分かっている。年齢を意識するなら、妄想もいい加減にしろという声も聞こえる。

 自分が選んだコースなので、目の前の課題をこなしながら、長期的な構想を視野から外さず、はかない努力を継続することにしよう。それにしても、あれこれ抱え込みすぎていると自覚はしている。しかし、そのような過酷な環境で踏ん張っていれば、あるとき後ろから目に見えない誰かが、荷車を押してくれるような不思議なできごとが起きるかもしれない。まるで童話のような、そんな無邪気な奇跡を願うことにしよう。


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by hirune-neko | 2018-04-02 23:56 | 心の中のできごと | Comments(0)

エイプリルフール顛末のご報告


Andrea Bocelli and The Mormon Tabernacle Choir - The Lord's Prayer

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 日曜日の昼過ぎ、30人ほどの人たちの前に立った。さて、昨晩考えたエイプリルフールの口上を、どのように話そうかと一瞬迷った。皆さんは、佳き言葉に飢えているかのように真剣な眼差しで私に注目している。私は意を決して話し始めた。

 「最初に大切なことをお話しします。私がこうして皆さんの前でお話しできるのは、これが最後になります」

 気のせいか、皆さんの眼が一瞬大きく見開かれたように感じた。何事かという不審な表情が見て取れた。昨晩考えたストーリーをそのまま話すのは、年配の方も何人かいらっしゃったのでまずいと思い、こういった。

 「今日はせっかくの4月1日ですので、エイプリルフールにちなんだお話を考えました。(ここで何人かの方から安堵のため息が洩れた)最初からそう説明しないと、私が余命宣告されて入院するとか、明日にでも逮捕されてしまうとか、皆さんに余計な心配をおかけすることになりますので、最初から申し上げます。・・・実は私は地球人ではなく、銀河宇宙の彼方から地球にやってきて、長く生活してきました。このたび、宇宙の大々的な人事異動があり(ここで笑い声が拡がる)、私は数日以内に他の惑星に移り住むことになった次第です」

 場はすっかり和やかになり、おかげで少々難解なテーマも話し始めることができた。これが、今日のエイプリルフール顛末の一部始終である。昨日に引き続き、今日も花粉症の症状がひどく、話しながらクシャミを連発し、鼻水が止まらず、涙目になってしまった。皆さんとの最後のお別れだと思うと、ますます涙が出ます、というと笑いがまた拡がった。

 終了後は別のメンバー少人数とのミーティングがあり、調子に乗った私は実は、といって同じように、これで皆さんとお会いするのは最後です、と言ってしまった。一瞬緊張が走り、どうしたんですかと真剣な表情で質問された。いやあ、今の集会でエイプリルフールの話をしてきたんですよ、というと笑ってもらうことができた。

 他愛ないジョークで笑えるような、平和なひとときだった。

 人間は誰だって、自分が生まれたときのことや小さかった頃の出来事を鮮明に憶えてはいないと思う。私自身、記憶に残っているのはせいぜい小学校低学年の頃の断片的なシーンだけだ。私は紀元前1000年頃、古代イスラエルで生まれたという妄想を公言している。もし、実際に3000年も生きていたとして、ある日、記憶を呼び戻す装置にかけられたなら、30世紀も前からの記憶を鮮明に思い出せるのかもしれない。そして実は、自分が銀河宇宙の彼方から、なんらかの使命を託されて地球に舞い降りた宇宙人だった、なんていう記憶が甦ったらどうなるだろうか。おそらくは、頭を抱え込んでしまうに違いない。

 何も意識せずに行動に移そうとしていることの延長線上を展望し、さらに自分に宇宙的なミッションがあると仮定したら、一体それはなんだろうか。SF的な視点から、スターウォーズ風に考えるなら、地球を核兵器や毒ガス兵器で滅ぼし、健全な政府を陰謀で転覆させ、邪悪な治世によって地球人を破滅させ地球を支配しようとする、そんな悪の異星人の悪だくみをくじくようなストーリーが思い浮かぶ。私は何も知らないが、レイア姫やヨーダのような存在が私を護り、陰から支援してくれているのかもしれない。

 いくらエイプリルフールの日とはいえ、こんな荒唐無稽なストーリーが思い浮かぶなんて、やはり私はまともな地球人ではないような気がしてきた。知っている人がいたら教えてほしい。本当の私は、いつ、どこで生まれたのだろうか。これではまるで、記憶喪失で自信喪失、さらには方向音痴の宇宙人ではないか。


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by hirune-neko | 2018-04-02 00:56 | 心の中のできごと | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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