昼寝ネコの雑記帳

2018年 03月 14日 ( 2 )

秘伝のパンケーキ「マリア・デ・ブエノス・アイレス」


María de Buenos Aires, 01. Alevare - Astor Piazzolla
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 備蓄用に購入していたホットケーキミックスがあることを思い出し、突然パンケーキを作ろうという気になった。台所で準備をしながら、そういえばパンケーキについて何か書いたような気がして、調べてみた。もう6年以上も前に書いた記事が見つかったので、以下にそのままご紹介する。あくまでもおふざけなので、そのつもりでお読みいただきたい。

(引用開始)
1.品 名:
 Maria de Buenos Aires(マリア・デ・ブエノス・アイレス)

2.区 分:
 パンケーキ

3.原産国:
 アルゼンチン

4.考案者:
 アストール・ピアソラ(Astor Piazzolla, 1921年3月11日 - 1992年7月4日)アルゼンチンの、著名な創作料理家。フランスに学び、その後ニューヨークを拠点に、独創的な料理レシピを創作する。日本では、川崎市高津区に住む昼寝ネコが、ピアソラの創作パンケーキ「マリア・デ・ブエノス・アイレス」の伝統を継承するも、今日では気の向いたときにしか作らなくなり、世界中のパティシエの間で、幻のパンケーキとして知られている。

5.材 料:
 ホットケーキミックス、乾燥プルーン、牛乳、バター、砂糖、シナモン、塩

6.作り方:
 このパンケーキを作るときは、必ずタンゴ・オペラ「マリア・デ・ブエノス・アイレス」の脚本家であるオラシオ・フェレールの劇中ナレーション「アレバーレ(Alevare)」を聴きながら調理するという、不文律の決まりがあるらしい。ただし、材料の配分や焼き具合、大きさなどは、その日の気分次第で適当に作って良く、従って同じものは二度と作れない・・・そこが独創的と称される所以のようだ。

7.起 原:
 考案者のピアソラは、実際にはイタリアからの移民の子であり、ブエノス・アイレスには子どもの頃の数年しか住んでいなかった。しかしピアソラはブエス・アイレスの街から強い影響を受けたらしく、様々なレシピにはブエノス・アイレスの名を冠したものが多い。創作パンケーキ「マリア・デ・ブエノス・アイレス」は、ブエノス・アイレスに 住む女性タンゴダンサーの「マリア」が、イメージの起原となっている。マリアは、長身でスレンダーな女性であり、漆黒の髪で踊る姿は、地元の老若男女を熱狂させ、マリアが出演するタンゴクラブの夜は観客で溢れかえったという。

 ある日、ブエノス・アイレスの商店街にパンケーキ専門店がオープンし、好奇心の旺盛だったマリアは、ふと立ち寄った。数あるパンケーキからマリアが選んだのは、「シチリア風プルーンパンケーキ・シナモンフレーヴァー」という名のひと品だった。
 職業柄、カロリー制限を含め、体型を保つために厳しいダイエットをしているマリアなので、小さな1枚だけを口に入れると、残りはそのままにして店を出るつもりだった・・・のだが、あまりの美味しさに我を忘れ、気がついたらあっという間に全部を平らげて、お代わりまでしてしまっていた。

 すっかり「シチリア風プルーンパンケーキ・シナモンフレーヴァー」の虜になったマリアは、毎日3回はこの店を訪れ、かのパンケーキを食べ続けて半年後、ついに恐怖の結末が訪れた。なんと体重が30キロも増えて、「デブ屋」の体型になってしまったのだ。

 それ以来、ブエノス・アイレスの若い女性たちは、「シチリア風プルーンパンケーキ・シナモンフレーヴァー」のことを、「太りたくなかったら食べるな」という警告の意味を込めて、「マリア・デブ」という略称で呼ぶようになった。それほど、魔力と魅力に満ちたパンケーキを、本日のために特別に再現した次第だ。従って、食べ過ぎないようくれぐれもご注意願いたい。本当のような嘘の話しである。(ピアソラ直伝の弟子・昼寝ネコによる)
(引用終了)

 
 本日使用したのは、「ホットケーキミックス 極(ごく)もち」国内産小麦粉100%使用 国内麦ゆめちから作った小麦粉使用・日清フーズ(株)。それと地卵1個、牛乳である、焼くのに使用したのは、天然ココナツオイル。それだけである。

 台所にiPadを立てかけ、規則通り標題の音楽を聴きながら作った。薄手のパンケーキではなく、超とろ火で厚手のホットケーキにしてみた。表面がカリッとして中はふっくら。我ながら上出来だった。ホットケーキを焼くのは何年ぶりだろうか。トーストもホットケーキも、得意なメニューである。

 ここまで長文をお読みくださったお礼に、フリア・センコが歌う、タンゴ・オペラ「マリア・デ・ブエノス・アイレス」の「私はマリア」を以下にご紹介する。いろいろな歌手が歌っているが、彼女の歌と、この演奏が一番気に入っている。ヴァイオリニストのギドン・クレメールと東京で協演したときの演奏だ。
Julia Zenko - Yo soy María de Buenos Aires
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


[PR]
by hirune-neko | 2018-03-14 22:36 | 現実的なお話し | Comments(0)

一段落したのが、午前零時過ぎになってしまった


I've Got A Crush On You - Pascale Lavoie - Please Belong To
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 どうしてこんなに、処理案件が増え続けるのだろうか。追いつくには、案件を減らすか、あるいは処理スピードを速めるしかない。案件を減らすのはギブアップに等しいので、それはシャクだ。残る選択肢は、できるだけ集中力を高め、迅速に処理するしかない。

 久しぶりにパスカル・ラヴォワ(Pascale Lavoie)の声を聴きたくなった。この歌手も、ステイシー・ケント(Stacey Kent)同様、読者のcausalさんからの紹介だ。いい友だちを紹介していただき、嬉しく思っている。

 ステイシー・ケントのアルバムは、apple musicで何枚かダウンロードしている。しかし、パスカル・ラヴォワのアルバムは、どこにも売っていない。検索し尽くしたが、とうとう見つからなかった。iTunes Storeにも無かった。アメリカのCD通販会社にも無かった。無いと分かると、余計にほしくなるものだが、諦めることにした。幸いに、こうしてYouTubeでは何曲か視聴することができる。

 こんな日常パターンなので、自由時間を確保できない。悲惨なものだ。そういえば、10日程前のことだが、夢の中にすでに他界しているシロが現れた。不思議とも思わず、抱き寄せて頬ずりした。きっと、私の殺伐とした日常生活を見るに見かね、あの世から許可をもらって慰めに来てくれたに違いない。今さらネコを飼うのも億劫だが、犬とネコを比較すると、どうやら私はネコの方に癒やされるようだ。

 ワン公は散歩のお供にはいいかなと思ったりもしたが、ネコの方が神秘性に富み、心を解放することができるようだ。そういえば最近は、窓辺の塀の上に来る野良ネコがいないように思う。冬場で寒かったせいなのかもしれない。

 こうしてプレッシャーを感じる時間が長いと、段々厭世的になっている自分を感じる。もともと厭世観の強い性格なので、単に元に戻っただけの話かもしれない。いつも集荷に来ては長話をする男性サーファーの話を思い出している。東南アジアの国々では、対日感情がすこぶるいいそうだ。勿論、中国と南北朝鮮は除くそうだ。台湾、フィリピン、ベトナム、タイなど興味深い話を聞かせもらった。治安状況と健康の心配さえ無ければ、それに現地で生活する経済状態に問題が無ければ、行ってみたいと思い始めている。東欧も北欧も、いつかは行ってみたいと思ってはいるのだが、温暖な海岸で心身を解放する時間が、たまらなく魅力に思える。

 無い物ねだりなのだろうが、たまにはすっかり狭まってしまった自分の生活空間から逃れ、非日常的な場所に行きたいと思い始めている。今の状態で行けるとしたら、せいぜい湘南だろうか。海辺のデニーズで、水平線を眺めながらランチでも食べに行こうかと思いつつ、なかなか実現しない。

 長い長いトンネルを疾走しているような感じで、根気と集中力を養う訓練を受けているようなものだ。ちっちゃいネコでも拾ってこようかな。シロは、まだ小学校低学年だった三男に命名権を与えたら数秒考えて、真っ白な毛色に着想を得たのか、文字通りシロと命名した。もしネコを拾ってきたら、なんと名付けるだろうか。ステイシー?ラヴォワ?ダイアナ?エリアス?女性歌手の名前しか思い浮かばないが、拾ってきた後で性別確認をして雄だったらどうしよう。拾う前に、道ばたで性別確認をさせてくれるだろうか。野良ネコだと、そこまでおとなしくしていないだろうと思う。

 かくして、人間社会に対する厭世観が徐々に増幅し、ネコ世界に傾倒しつつあるようだ。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-03-14 01:24 | 心の中のできごと | Comments(3)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
causalさん ..
by hirune-neko at 14:44
swingle sing..
by causal at 10:57
causalさん ..
by hirune-neko at 15:44
>高津駅前のレンタルショ..
by causal at 08:55
おはようございます。 ..
by causal at 08:18
記事ランキング
以前の記事
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ