昼寝ネコの雑記帳

2018年 03月 01日 ( 1 )

いよいよ冬眠から覚めそうな気配になってきたぞ


Bill Evans Trio - B Minor Waltz (For Ellaine)
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 冬眠期間が長いと、痛みや苦しみ、不安や怖れに対する感覚が鈍ってしまうようだ。アクシデントがあっても,緊張はするものの冷静に対処し、動揺はしなくなった。失うことにもすっかり馴れてしまったのか、平然と居直ってしまっている。

 昨日、産婦人科ルートの営業で提携することになった某企業の、営業担当者の方からメッセージが入った。追加でもう一カ所の産婦人科用に、営業見本を作成してほしいとの依頼だった。明日は製本所に行く日なので、次男と手分けして実物見本を作り上げた。来週の木曜日には出来上がる。

 結果はまだ出ていないものの、営業の第一線の人たちにとっては、新規コンタクトが断然しやすくなったことになり、私たちも期待している。実績が出れば、その某社が全国に展開している支社・支店・営業所に対してコンタクト面積を拡げることになる。そうなると、文字通り地方巡業の旅に出ることになる。何年も引きこもり気味で、あれこれ作戦を練ってきたが、ようやく実戦の局面である。

 まずは名入り絵本の製作・販売部数を増やす。次いで、無料の会員制ファミリー・インテリジェンス・サービスを提供し、できるだけ多くの会員を確保する。当初のシナリオ通りである。

 会員には定期的に公開情報から選別して編集し、ニュースレターを送信する。そこから先は、戦略の根幹に関わる部分なので現時点では公開できない。ただひとつ言えるのは、会員数が増えれば増えるほど、印象操作、世論誘導、捏造情報などの、いわゆるプロパガンダ工作を弱体化できる可能性が高まる。もちろん政治的な情報配信は全体の一部であって、あくまでも個人や家庭に対する有益な情報提供を目指している。

 確かに、インターネットをくまなく探せば、かなりの確度で実態を知ることができるだろうと思う。しかし、逆の視点から見れば、目の前は情報の洪水である。情報の渦に飲みこまれて溺死したのではなんにもならない。誰かが、大局的な視点から道標となる灯台に灯りを点さなければならない。

 某名門私立大学で英語を教えている知人がいる。以前にもご紹介した記憶があるが、ニュージーランドの出身で村上春樹の研究家である。その彼に質問してみた。国家インテリジェンスという言葉は一般的だが、ファミリー・インテリジェンスという言葉はどうか。すると彼は首をかしげて、ん〜、あまり一般的ではないね、と答えた、それは分かっている。もう何年も前にGoogle検索したが、日本語でも英語でも何も出てこなかった。

 もうひとつ質問してみた。神学的インテリジェンス、つまりTheological Intelligenceという言葉が存在するかどうか。ちょっと間を置き、文法的には間違っていないが、そのような言葉はないね、という答えが返ってきた。そうだろうと思う。

 あくまでも私個人の自由な発想と閃きから出ている領域なので、世界中の誰もが視野に入れていなくて結構だ。その方がやりやすい。

 何をするにも、人件費、設備費、研究費などの予算が必要になる。無料会員制のインテリジェンス・サービスを提供しても、まったく収入にはならない。ではどうするのか。それは2年ほど前に解決策が思い浮かび、間違った方向ではないと思っている。

 草創期は苦しい時間となるだろう。しかし、絵本を採用してくれる産婦人科が増えれば増えるほど、情報収集と分析に要する予算を確保しやすくなる。銀行家や営業・マーケティングの専門家に説明したら、言葉を失うほど呆れられると思う。しかし、目に見える形となってしまえば、説得力が備わるだろうと思っている。

 その意味では、これまでのんびりと気楽に構えて時間をかけて研究してきたが、いよいよ臨戦態勢である。産婦人科を主要取引先とする企業にとって、新規顧客の開拓だけでなく、既存の取引先が競合他社からの営業攻勢にさらされることを想定した防御策になる、という説明に理解を示し納得してくれた。すでに、新規に契約を確保したい優良な産婦人科、4カ所がリストに挙がっている。うまくいけば、営業担当者の成績になり、支店の業績も上昇する。既存取引先も囲い込める。私たちにとっても、長年の構想の実現に加速度が加わる。

 その副作用として、最終説明には私が行くしかないので、これまでのような引きこもりの生活とはおさらばである。かつてのように、行動的で覇気のある体質に変貌しなくてはならない。やはり、毎日のウォーキングとジム通いは必須になってきているようだ。

 どうも長男がまた深夜便でドイツへ飛ぶようだ。Facebookに、羽田空港のラウンジにいると書かれていた。金曜日の早朝に羽田空港に到着し、そのまま出社して会議といういつものパターンなのだろう。私が頻繁にアメリカ・ヨーロッパに飛んだのは,長男と同じぐらいの年齢だったと思う。私の場合はどこに行ってもゼロからの飛び込み交渉だったが、長男の立場は全然異なり、外国企業の買収とその後の運営の先頭に立っているようだ。どことなく、自分の血を引いているなと実感している。私なんかより、ずっと優秀・有能なので能力は高い。

 次男は職人気質で、スティーブ・ジョブズの伝記も読んだようだ。創業期のジョブズが大胆な運営をしたことを、ときどき私に説明してくれる。生まれてすぐに仮死状態が連続し、一時は諦めた子だったが、今では絵本の製作を一手に引き受けてくれている。次男が生還したまだ小さい頃、すでに亡くなった母が、お前は将来この子に助けられるよ、と預言したが、まさにその通りになっている。母親の直感というのは、凄いものだと思っている。

 私にとっては膨大な数の処理案件が増えつつある。Todoistという名のタスク管理ソフトの基本レベルではあるが、使えるようになっていたので命拾いをしている。記憶に頼って処理できるようなレベルを超えてしまっている。この年齢になって、本格的な忙しさに直面するとは思いもよらなかったことだが、一歩前進できたようで嬉しく思っている。

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by hirune-neko | 2018-03-01 01:21 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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