昼寝ネコの雑記帳

2018年 02月 15日 ( 1 )

ある種の急展開となった・・・機が熟してきたのだろう


Bill Evans - Haunted Heart (1961)

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 今朝予定通り、某企業の営業担当者の方にお会いした。初対面だったが、すでにその企業の他の支店や営業所とは、過去に提携実績があったため、おそらくは何の懸念も疑念も抱かずに、お会いただけたように思う。

 全国展開している企業であり、産婦人科病院・クリニックを主要な取引先としているため、様々な状況に精通している。一番最初に名入れ絵本「大切なわが子へ」を採用してくれた産婦人科クリニックの名前を出したら、前任の営業所時代に営業担当をされていたことが分かった。三男が院長先生のお嬢さんの家庭教師をしていて、その後任として私もしばらく英語を教えに通った、という話をしたところ、ちゃんとそのお嬢さんの名前を憶えていらっしゃった。そんなこんなで、話は一気に核心に進むことになった。

 新規に取引を始めたいと考えている産婦人科3カ所へ、営業のとっかかりとして私どもの絵本を活用したいという申し出があった。帰社してから次男と分業で作業をし、明日の製本所に間に合うよう、実物見本の製作を特急作業で終えたところだ。

 小規模で名のない私たちの会社と較べると、今日訪れた某企業は誰でも知っている著名な企業だ。そんな大手企業の営業担当者の方が、営業攻略の兵器として私どもの絵本を使ってくださるのは、光栄でもあり心強くもある。すでに他県では、そのような実績があるので、これでさらに成功例が出れば、全国の支店・営業所に提携の輪を拡げていきたいと期待している。苦節20年近いわれわれのトンネルも、ようやく出口にさしかかっているような思いがある。反転攻勢の機が熟してきたのだろうと思う。

 ここまで耐えてきて良かったと思った一日だった。辛酸を舐めた経験の数々が思い出される。お世話になった皆さんには、いずれちゃんとお礼を伝えたいと思う。そして何よりも、劣悪な就業環境に対して不平不満を言わず、忍耐強く苦楽をともにしてくれた家内と次男、そして次男のお嫁さんたちには、なるべく早く苦労に報いてやりたいと思う。

 もちろん詰めはこれからなので、気の早い判断だと思われるかもしれないが、やはり第一線に立つ当事者としては、状況の変化は敏感に感じるものである。

 数日前、孫娘達のピアノの発表会があった。三男夫婦の長女と次女がピアノを習っている。私は聴きに行けなかったのだが、長女と三男のお嫁さんの連弾、そしてまだ小さい次女と三男の連弾の動画がFacebookにアップされた。聴きながら、ほのぼのとした幸福感を感じることができた。長女はまだ小学校3年生だが、演奏には大人の女性のエレガントさが漂っていた。次女は幼稚園生だが、ピアノの前に座る姿を見ていると、小さな動物が人間の格好でピアノを弾いているような、なんとも滑稽で可愛らしい姿で、思わず笑ってしまった。

 どんなに大変な時であっても、ほんのささいなことに幸福を感じたり、平安な気持ちになることができる。私の周りには、いろいろな人生模様の人たちが存在する。人知れず、苦悩を抱えている人たちが存在する。ひと言でもいいから、なるべく声をかけるようにしている。固い表情で感情を出さないようにしている人が、会話を交わすうちに眼に光が射し、表情が穏やかになり、ついには笑顔を見せるようになる。私にとって、嬉しい瞬間である。私にはなんの力もないが、人の痛みや苦悩が見えることが多い。

 数日前、それなりの人数の人たちの前で話をした。そのとき、急に思い立って半世紀も前の出版物、エーリッヒ・フロムの「愛するということ」について簡潔に触れた、もう記憶の彼方なので不確かではあるが、人を愛するということは、相手を理解し、受け入れることが基本前提だと書かれていたように思う。一方で最も愛するのが難しい相手は、自分自身である、と自説を述べたが、私の場合はまさにその通りである。自分のことを一番よく知っている私は、自分自身を受け入れられない期間がとても長かった。そんな葛藤にも疲れ果ててしまい、今では何事も自分の個性であると割り切り、自己改善を目指す姿勢さえあれば、それはそれでいいと思えるようになった。非生産的で後退的な発想は、なるべく消去しようと努めている。

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by hirune-neko | 2018-02-15 00:56 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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