昼寝ネコの雑記帳

2018年 02月 06日 ( 2 )

何時に終わるか、皆目見当がつかないので・・・


Jim Tomlinson & Stacey Kent - What Are You Doing The Rest Of Your Life (from the Lyric)

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 今日は納品書と請求書作成の締め切り日なのだが、問い合わせや急な用件がいくつも重なってしまい、とうとうこんな時間(午後10時36分)になってしまった。この時間から始めると、一体何時に終わるか皆目分からない。よって、最初にブログ記事を書き、それから納品書と請求書作成にとりかかろうと思う。すっかり予定が狂ってしまった。

 ようやく1月が終わったので、いよいよ営業展開に力を入れなければいけない。あれこれを終えてから、じっくり営業の時間を確保しようと考えていたのだが、そんな贅沢を言ってはいけないと思い至った。

 ところで、昨日のピアソラに関する記事で、Facebookの方に詳細な解説をしてくださった方がいらっしゃる。私自身、とても勉強になった内容であり、再認識・再確認する内容だったので、こちらに転載させていただく。

【石川正幸さんからのコメント】
「AA」とは、「バンドネオンでAAと刻印されたものがあるらしい」どころか、すべてのプロのバンドネオン奏者が〔現在も〕使っている、第二次世界大戦以降は無くなった「アルフレッド・アーノルド(Alfred Arnoldo)社」の略称ないし同社製のバンドネオンの商標、転じてアルフレッド・アーノルド社製のバンドネオンそのもの、ひいてはタンゴに使われるバンドネオン全部を指します。
そして、"Tristezas de un Doble A"は、「AA印の悲しみ」と邦訳されています。
私は、この"Tristezas de un Doble A"こそが、"Adiós Nonino"、"Oblivión"を差し置いて(無論、"Libertango"はピアソラ自身も言っていたとおり駄作)、ピアソラの最高作品ではないかと思っています。しかし、仰るように長大で、しかもアドリブの多い曲(通常のタンゴは編曲がガッチリしていてアドリブを許さない)なので、私も聴くのが苦痛で、あまり通して聴いていない曲でもあります。
ピアソラはブエノスアイレスではなく、アルゼンチン南部の港町「マール・デル・プラタ(Mar del Plata)」に生まれ、3歳の時一家はニューヨークに移住し、そこで15歳の時まで成長しています。ですから英語ができるのは当然という訳です。〔ピアソラが喋る英語を聞いたことがありますが、それは我々が通常聞く米語でなく、ニューヨークの下層階級が喋る英語でした。〕そして彼がバンドネオンという楽器を初めて手にしたのもニューヨークにおいてです。また、後年、音楽修行のためパリに滞在してもいます。ですからフランス語ができるのも当然です。
…ピアソラの来歴については、ウィキペディアの日本語版にもかなり掲載されております。ある音楽家、芸術家の作品に魅了され続けていたら、彼の来歴等を知りたくなるのが普通だと思うのですが、あれだけ情報収集に熱心な昼寝ネコさんがそれをしておられない〔またバンドネオンに関する基本的な知識も無い〕というのは、失礼を承知で申し上げますが、正直なところ驚きです。
タンゴ人の来歴は、タンゴ・ファンが必ず見るサイト"todotango"の"Semblanzas"にかなり詳しく載っていますが、これには英語バージョン(Biographies)もありますから、これをご覧ください:

【昼寝ネコの返信コメント】
 ご丁寧に有難うございました。いくつもの断片がつながった気がします。ずいぶん博識でいらっしゃるのに驚きました。私は音楽は感覚で捉えるしか能がないものですから、こと音楽家や演奏家を知識の対象には入れていないんです。脳内のスペースが狭いこともありますけど。でも、解説していただいたおかげで、ピアソラのバックグラウンドを垣間見た気がします。有難うございました。

【石川正幸さんからのコメント】
 何故、私が長いコメントを呈したかと申しますと、昼寝ネコさんにはFacebookでは少ししか「友達」は居られない(10人に満たない?)けれどもブログの方には多数の読者が居られる、そこで多数のブログ読者に、バンドネオン及びピアソラに関する誤った知識を抱かれるのは見過ごせなかったからであります。
 「博識」なんてとんでもない、私が書いたことはタンゴ・ファンなら「常識」のことでしかありません。
 いつか、そう遠くない将来に、ブログの方で、バンドネオン及びピアソラに関する今回の誤った記載を「実質的に」訂正するような記事をお書きになることを期待しております。]
(以上で転載を終了)


 作曲家や演奏家の歴史やバックグラウンドを深く知れば、確かに音楽的な理解度も深まるかもしれないと思うので、紹介させていただいた。私自身は、音楽は感覚で捉えてしまう傾向が強く、作曲家や演奏家を知識の対象とは考えていない。それはこれからも変わらないと思うので、ご了承いただきたい。

 さて、それでは仕事に取りかかるとする。

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by hirune-neko | 2018-02-06 22:57 | 現実的なお話し | Comments(0)

まるで何事もなかったかのように復調した


Astor Piazzolla " Tristeza De Un Doble A "

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 昨日、あれほど苦しんだ歯痛だが、すっかり治まって朝を迎えた。ほっとしている。おまけに高止まりしていた血糖値が、約50程度急落していたので驚いた。勿論、正常値よりはまだ少し高いが、安堵できる値である。この変化については思い当たる節がある。以前も一度、同程度まで血糖値が急降下したことがある。記憶は定かではないが、あのときも歯痛に悩まされ、電子水をグチュグチュと口腔内で循環させたはずだ。

 旧友が電子水 製造器を3ヶ月間、貸与してくれている。一日2リットルは飲むように言われたのだが、もともと大量の水を飲むようにしているので、12月から電子水を毎日3リットルは飲んでいる。歯痛のあるときは、さらに余計の電子水をのむことになる。1.5リットルのペットボトル3本は飲んでいるから、合計4.5リットルだ。東洋医学の考えでは、毎日体重の5%の水を飲むよう勧めている。今日は歯痛が治まったので、現時点では約3リットルしか飲んでいない。この時間からもう1本空けて、4.5リットルを飲んでみようと思う。今日は8千歩歩いたし、クッキーもチョコレートも食べていないので、明日の朝の血糖値が楽しみである。電子水は体内細胞の分子に電子を追加する、つまり酸化した細胞を還元する、という理屈だそうだ。これで血糖値が正常値になったら、それこそ製薬会社と医者は暇になるのではないだろうか。

 今日のウォーキング中、再びピアソラのドイツでのライブアルバムを聴いた。帰り道で初めて耳にする、非常に前衛的な演奏を聴いた。ところどころ聞き覚えのあるフレーズが流れた。知らない曲だと思ったが、Tristezas de un Doble Aという曲だった。ほとんど原形をとどめないほど、全編がまるでタンゴ・アドリブのようだ。帰宅して調べたら、これはTristezas de un Doble Aのフルバージョンだということが判明した。1曲22分以上の長さである。前半はそれなりに聴かせるが、中盤からはほとんど前衛的なアドリブ演奏に聞こえる。ピアソラファンだとしても、聴くのは苦痛だろうと思う。

 別の動画を探したら、1982年の東京公演での演奏を見つけた。演奏時間は14分で通常の2倍である。前衛的なアドリブ演奏は少なく、・・・と思ったら中盤以降に出てきているので、中盤以降は人によっては苦痛だろうと思うが・・・割と原曲のメロディーが随所に出てくるので、これだと聴きやすい方だと思う。差し替えて、その東京公演の動画を掲示してみた。・・・と思ったのだが、二転三転で申し訳ないものの、やはりタンゴの前衛的アドリブは音楽的に受け付けないので、短い、普通バージョンに差し替えることにした。

 曲のタイトルはTristezas de un Doble A。おそらく「AAの哀しみ」と訳すのだろう。誰に教えてもらったか忘れたが、・・・たぶんクレモナ・モダンタンゴ五重奏団のバンマス・ぴかりんさんだと思う。バンドネオンでAAと刻印されたものがあるらしい。そのバンドネオンが、どのような哀しみを湛えているのか、ちょっと想像ができないものの、ピアソラ的には何やらストーリーがあるのだろう。

 歩きながらピアソラの作品をピアソラ自身の演奏で聴き、頭の中でビル・エヴァンスの演奏と比較してみた。ビル・エヴァンスの演奏は、ある種の緊張を保ち、内省的というか自閉的な空間に閉じこもり、排他的である。寛ぎとは無縁の世界で、スローバラードの曲であっても、途中から閉所恐怖的な神経の高まりが昂じ、アップテンポになるケースが多いる。体温のぬくもりを感じることもなく、聴き手との距離を頑迷に保っている。そこにビル・エヴァンスの美意識があるのだろう。

 一方、ピアソラの作品と演奏から伝わってくるのは、音楽を媒介とした、人間的なぬくもりのあるメッセージだ。ピアソラ自身の居直りにも近い、絶望からの生還。反逆という自己主張。そして弱き者、小さき者に対するいたわりと励まし。これはもう人間を超越した、ある種のピアソラ独自の小宇宙である。既成概念に囚われず、純粋な心の促しに従った神聖さすら感じさせる。

 今でも憶えている。初めてロベルト・ゴジェネチェの歌う「南へ」(Vuelvo al Sur)を聴いたのは、バブル崩壊後で、仕事上の窮地のさなかだった。進退に窮し、具体的な打開策が見つからず鬱々としていた時期であり、場所は関西営業の拠点として居候していた、宝塚の娘の部屋だった。独りでゴジェネチェのだみ声を聴き始めた瞬間、自分の心が根底から揺さぶられるのを感じた。ある種の強い衝撃であり、感動であり、覚醒でもあった。

 今日は久しぶりに、ピアソラの音楽と再会した思いだ。改めてじっくりとピアソラを聴くことができた。私にとっては、ピアソラ自身と、音楽を媒介として対話しているような感覚だ。ピアソラからは、フン、と言って無視されるだろうけれど・・・いや、ここまでピアソラに深入りしてる私に対しては、悪い気はしていないのではないだろうか・・・と、勝手に思っている。

 頻繁に海外に出るようになった30歳の頃から、徐々に私は自分が無国籍人間だと思うようになった。最初の頃はほとんどアメリカだった。西海岸から中西部、そして東海岸へと行動範囲が拡がった。やがてロンドン在住のかつての顧問弁護士を頼り、英国、フランス、ドイツへも行くようになった。どこへ行っても、行く先々の街に同化する自分を感じていた。ますます、自分が無国籍の人間だという実感が強まった。

 ピアソラ自身はイタリア系の移民の子として、アルゼンチン・ブエノスアイレスで生まれたようだが、音楽活動は国境に縛られず、スペイン語だけでなく、フランス語、英語まで話すようだ。もし今、ピアソラが墓の中から出てきて話す機会があったら、お互いに親近感を持つだろうと、勝手に思っている。

 今の私は、日本人として日本人や日本という国の、いい意味での特殊性を評価している。日本・ユダヤ同祖論は、その通りだと思う。また、長い国家の歴史と伝統に育まれた、日本人の国民性や価値観を高く評価するようになっている。おそらくはいつか、日本人の系譜が神学的に明らかにされ、また神聖な使命を担う機会が訪れるだろうという予感がある。

 しかしそうは言いながら、私の思考や発想は日本の土壌には合わないように感じている、ピアソラを真似て言うのではないが、どうも私は集団で群れをなし、自分の意思や考えを希薄にすることは性に合わないようだ。この際なので、人から国籍を訊かれたら、本来は宇宙人なのだが日本が気に入って、今は日本に帰化し、そのまま住みついている、ということにしておこう。

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by hirune-neko | 2018-02-06 01:00 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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