昼寝ネコの雑記帳

2018年 02月 01日 ( 1 )

月越(つきこし)の祭を独りで祝っている


Kronos Quartet - Five Tango Sensations - 01 Asleep

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【謹告】
 Amazonから、拙著「昼寝ネコの雑記帳」の注文が来た。現在、品切れ再版未定となっているため、出荷はできなかった。もし、ブログ読者のどなたかが注文してくださったのなら、お詫び申し上げる。本文に誤字・誤記があり校正は終えており、いずれKindle版と一緒に同時出版する予定なので、しばらくお待ちいただきたい。

 さて、いつものように慌ただしい月末を大過なく終えることができた。旧約聖書に記述のある、過越の祭(すぎこしのまつり)のことを時々思い起こすことがある。モーセとアロンは、エジプトの王パロに、エジプトで奴隷の境遇にあったイスラエルの民を、エジプトから解放するよう願い出た。何度も拒絶されるが、その度にいろいろ不思議な業を行うものの、パロの魔術師もことごとく同じ業を行なった。最後は、天使がエジプト中の子どもと家畜の初子を撃つことになり、国中で子を失った親たちの嘆きが響いた。さしものパロもイスラエルの民がエジプトを出ることを許した。これに先立ち、イスラエルの民は初子を撃たれないように、子羊の血を・・・私の記憶では、家の入口の柱と鴨居に塗るように言われた。その印を見て殺戮の天使はイスラエルの家を過ぎ越し、初子は無事だった。それ以来、毎年過越の祭が行われている、というのが概要である。

 従って、月越の祭というのは存在せず、勝手に私が名付けているだけである。ほっとひと息ついている。家の入口の柱と鴨居に子羊の血を塗ると、あたかも神社の朱塗りの鳥居のイメージと重なる。これも日本・ユダヤ同祖論の根拠のひとつになっているのではないだろうか。

 インターネットの政治ブログを一望しただけでも、ずいぶん様々な論争があり、批判や予測が溢れている。いずれも興味深く思うが、さりとて必要以上に深追いしていると、時として大局観を失い論争の渦に埋没してしまいかねない。論点は論点として整理するにこしたことはないと思う。しかし、人間の営みや人生というのは広範囲な面積を包摂し、しかも奥深い。ひとつの論争の当事者になり、燃え尽きることが人生の生きがいだという人は、それでいいだろう。しかし、人生の側面はそれほど単純化できるものではない、と考えている。世の中の何かを正すには、ある程度の時間がかかったとしても、最終的にはより多くの人たちが共通認識を持てば、選挙という合法的で絶対的な手段によって、一定の方向に収斂していくのではないだろうか。

 そのような考えの旗手が現れて、より多くの人たちに呼びかけ、分かりやすく説得するならば、少なくとも明らかな反日・売国スタンスと見なされるメディアは忌避されるだろうから、そのような新聞は購読部数が激減し、テレビの場合は視聴率が急降下するだろう。

 いずれにしても、インターネットの普及と発達は、劇的に個人の洞察力・判断力に好影響を与えていると思う。悪貨と見なされた新聞は、用紙、インク、印刷設備、運搬手段、販売スペースを必要としないインターネット新聞に駆逐されるのも、時間の問題だと予測している。同様に、良質なインターネット・テレビ番組の出現は、悪質なデマを垂れ流し日本の崩壊を目論む勢力に加担するテレビ局を駆逐するだろう。もうその兆候は顕著になっているのではないだろうか。

 単なる推測ではあるが、新聞社の押し紙問題が表面化し、テレビ放送の電波オークションも話題になってきているのは、顕在化している兆候だろうと思う。国民の大多数が健全であれば、健全な政権を支持し、謀略・陰謀が色あせて、国は健全な方向に向かう。歴史には疎いので暴論になってしまうかもしれないが、仮に日本が建国2600有余年を経ているとすれば、紀元前に世界中に散らされたといわれる、イスラエルの支族の一部が日本に渡来したと考えられるのではないだろうか。面積的には小さな島国の日本ではあるが、濃密な何かが秘匿・温存されており、世界情勢が臨界点に達する頃に、日本は大きな貢献をする国になるような気がする。

 アメリカ国務省は、日本語を世界の言語の中で最も難易度が高いと評価しているそうだ。日本人は皆、その難解な言語を日常的に使いこなしている。日本人は無意識のうちに、小さい頃から高い能力を身につける素地を訓練されているように感じる。

 具体的なことは何もないのだが、かつての東日本大震災の大規模な惨事に遭っても、日本人は整然と列を乱さなかった。一朝有事の際の結束力は、明らかに身体を流れている「血」によると思う。その意味で、私は日本という国、日本国民を、ある種の楽観的な気分で眺めている、もちろん、何も警戒しないという意味ではない。今後も公開情報の収集と分析を怠るつもりは毛頭ない。

 ・・・支離滅裂な内容になってしまったが、月を越すに当たっての雑感である。

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by hirune-neko | 2018-02-01 00:45 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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