昼寝ネコの雑記帳

2018年 01月 04日 ( 2 )

昼寝ネコの名前を返上した方がいいかもしれない

Diana Krall - My Love Is Where You Are

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 何の脈絡もなく、Diana Krallのこの歌が脳内に流れ出した。何度も何度も聴いた曲なのに、どうしてもタイトルが思い出せない。ブログ内を検索して、ようやく見つけ出した。何か切ない思い出を胸に、山手の外人墓地に行った主人公・・・すっかり記憶の彼方だったが、「ボクのご主人様はプロフェッサー」という正編・続編・完結編の3部作だった。

 大学の先生が若い女学生に恋心を抱くシーンから始まり、彼女の結婚と離婚、先生との偶然の出会いから一気に再婚。そして彼女は血液の病気で、あっという間に他界してしまう。そんなもの悲しいストーリーだった。すると、当時ブログ読者だったメタセコイアさんという方が、身につまされる、とコメントを入れてきた。年齢が行ってから大学院に入ったため、同級生は皆ずっと若い。その中の一人の若い女学生に恋愛感情を持ってしまったが、とうとう何も伝えられず、そのまま別れ別れになってしまったそうだ。なので、物語の薄幸な主人公の先生と自分がダブってしまう、という「クレーム」だった。

 その後メタセコイアさんは無事に大学院を修了し、就職された。せっかくなのでそのお祝いに、「ボクのご主人様はプロフェッサー」の最終章を、ハッピーエンドにして就職祝いとした。それを読み、先生がハッピーエンドなのを知って、安堵されたようだ。2012年10月の作品だった。

 あまり多忙で、脳内が実務的なことに占有されてしまうと、なかなか創作モードにならない。去年はおそらく、1作も書いていないのではないかと思う。かといって、こればかりは書こうと思っても、そう簡単には書けない。やはり、なんらかのイメージが湧き、それをキャッチしないとストーリーが展開しない。

 最近ふと、子ども向けに書いてみたいなと思い始めている。小学校の低学年から中学年向けだ。私にとっては、ハードルが高いという気がする。でも、書いてみたい。

 東日本大震災直後に名入り絵本寄贈の件で、被災地を訪れた。岩手県内で正式な地名は憶えていないが、海岸沿いに車を走らせていたとき、リアス式の入り組んだ湾の海水の色に目を奪われた。暗緑色の幻想的な雰囲気だった。突然の津波に、命を奪われた人たちの無念さを湛えているようでもあった。その印象がなかなか消えず、後日「気仙雪しぐれ」というタイトルで、時代劇の舞台脚本を書こうと考えた。大体のあらすじはできている。登場人物は語り部の婆やと、死地から甦って舞う若い女性の二人だ。音楽はすべてピアソラの作品で考えている。候補曲はほぼ揃っている。

 ところが、なかなか筆が進まない。困ったものだ。振り付けをお願いする方は決めている。語り部の婆や候補の方からは内諾をいただいている。舞う女性は、娘に頭を下げて出演をお願いしたいと思っているが、最後の難関である。

 日々、創作活動に没頭できたらいいなと思っている。しかし、まだまだ実務的な苦労を重ねることが、より人の心に届く作品を作る上で必要なのだろうと観念している。

 最近はウォーキングが継続している。まだジム通いは習慣化していないものの、一定歩数を歩くことで脳内が活性化してきているようだ。そのせいか、昼間はずっと頭が冴えており、まったく眠くならない。頭もフル回転だ。永年に渡って昼寝ネコを名乗ってきたが、どうやらその名前を返上した方がいいかもしれない。代案は思い浮かばないが、24時間フル回転ではないものの、かなり長時間働いているので、いっそのことコンビニネコ、という名前にした方がいいのではないだろうか。ん〜、コンビニネコだと全然情緒がないと思うので、いつまた再び昼寝をしたくなってもいいように、やはり昼寝ネコのままで通した方がいいだろうと思う。うん。

【補足資料】
正編「ボクのご主人様はプロフェッサー」(2008/06/20)
続編「ボクのご主人様はプロフェッサー」(2011/11/29)
完結編「ボクのご主人様はプロフェッサー」(2012/10/18)


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by hirune-neko | 2018-01-04 23:35 | 創作への道 | Comments(0)

電子水を飲み続けているせいか、電子人間になりつつあるようだ


Stacey Kent - Double Rainbow (audio)

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 必要性を感じない方にとっては、どうでもいい話題である。

 YouTube動画・mp4は動画なので、それなりに容量が大きい。余命三年時事日記の記事を音声化した動画が、YouTubeに掲載されていたので、56本をダウンロードした。それだけで約10GBの容量になってしまった。iCloudの契約50GBのほぼ上限まで達してしまった。この際なので200GBに契約変更した。

 それにしても、動画とは名ばかりで、ただ文字が流れるだけだ。ボイスオーバーというソフトによる機械的な音声変換なので、所々おかしな読み方になるが意味を取れなくはない。そこで容量を縮小するため、mp4ファイルを音声だけのmp3ファイルに変換するソフトを探してみた。すると、MacOSに付属している機能でほぼ瞬時に音声ファイルに変換できることが分かったので、早速試してみた。MacOS独自の音声ファイルはmp3ではなく、m4aという拡張子だが、何も問題はない。

 結局10GBの容量を2GBちょっとまで圧縮することができた。

 今日から、一日の歩行目標を8千歩にした。fitbitは目標に達した時点で、細かい振動を手首に伝えてくれるので便利だ。なんとか達成した。

 歩行中に、余命三年時事日記の記事を何本か聴くことができた。
 ・共謀罪とパレルモ条約が反日国賊を殲滅する
 ・【外患罪】反日売国奴の告発が始まる
 ・【自衛隊】韓国軍を嫌悪し、殲滅演習を繰り返している (720p)
 ・005.浮足立つマスゴミ
 ・外患誘致罪 告発リスト

 どういうきっかけで余命初代・かず先生時代のブログに行き着いたか、改めて考えてみたが、もう憶えてはいない。よくありがちな、誰かを酷評するようなスタンスではなく、検証済みの事実をつなげながら、いわゆる戦後の日本で秘匿されてきた事実を公開するという、非常に勇気ある行動だったことを鮮明に記憶している。しかも、あと3年と余命宣告された身体で文字通り身命を賭し、使命感のみで慎重にしかし周到に情報公開を続けて燃え尽きた方だ。

 あれから何年も経つが、イヤフォンを通して耳にする言葉から、改めて大きな進展があったと感慨深く思った。余命ブログの削除と直後の復活、余命書籍の出版、余命ハンドブックを含む電子書籍の刊行。さらには官邸メール、集団通報、外患罪集団告発、懲戒請求など、当時は全く視野に入っていなかった「一般市民による行動」が現実のものとして輪を拡げてきている。

 終戦直後から始まった在日外国人による、日本社会に対する虐殺・暴力的な行為の事実は、長年に渡って秘匿されてきた。外国政府機関によって支配されたマスメディアがそれに加担し、大多数の日本人が知らないところで、日本社会の末端から中枢まで、反日勢力の浸透を許してしまった。・・・余命ブログ記事が事実として列挙している内容をごく簡潔にまとめると、上記のような流れとなるのだろうと思う。初代・かず先生は、常に第1発信者とならないよう慎重に対応されていた。つまり、既定の事実をつなぎ合わせて将来を予測し、同時に未来に向かってどのように展開すべきかという明確な構想をお持ちだった。

 数多く存在する政治ブログは、それぞれが丹念に情報を収集し、鋭い切り口で分析している。とても参考にさせていただいている。しかし、余命3年時事日記から余命三年時事日記に至る膨大な情報量、それに加え、最近では余命プロジェクトに共鳴する実に多くの読者の皆さんが、緻密な情報を提供して余命情報を補強しているかのようだ。

 断片的な事象の判断基準ではなく、大局観や現実を踏まえた具体的かつ有益な情報源として、私自身多くを学ばせていただいている。大言壮語するようだが、事象に距離を置いて評論家的に論じるのではなく、独自で具体的な理念・哲学に基いた情報発信機能を構築しようと決意した私には、今後も余命ブログを貴重な情報源として参考にさせていただきたいと思っている。

 今の時代は、情報がどんどん電子化されて蓄積されている。その流れに遅れないよう、毎日大量の電子水を飲んで、私自身も肉体と頭脳を電子化しながらIT技術を学び続けたいと思っている。そうしないと、守備範囲が広すぎてとても独りではこなしきれそうもない。

 自分の年齢を客観的に考えると、無謀な人間だと思っている。しかし、艱難から忍耐、忍耐から練達、そして練達から希望を生み出し、それを張り合いにして燃え尽きるまで前進したいと・・・電子水だけでなく、最近は近年になく例日ウォーキングを続けられているせいか、不思議と気力が充実し脳内も回転が速くなってきている。・・・内緒の話だが、今日はYouTube動画で英語とフランス語の教材をかなりダウンロードし、音声ファイルに変換した。呆れていただいて構わないが、ヘブライ語、ロシア語、スペイン語と興味の範囲がまたぞろ拡がってきている。本当に煮ても焼いても食えない人間だと、自分でも諦めている。


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by hirune-neko | 2018-01-04 00:28 | インテリジェンス | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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