昼寝ネコの雑記帳

2017年 12月 31日 ( 2 )

まだ少し早いが、謹賀新年である


Astor Piazzolla / Sinfonía de tango - Tzigane tango

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 あと2時間ほどで2017年に別れを告げ、新しい年が始まる。今年1年、このブログにお越しくださった皆さまへの感謝を込めて、年賀状を掲載させていただく。・・・とは言っても、会社の年賀状の流用であることをお許しいただきたい。
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 皆さんがブログ記事を読んでくださるおかげで、文章を書く意欲が途切れずに継続している。私にとっては何よりも有難いことである。年賀状のBGMとして新年に向けての希望をイメージさせる曲を選んだ・・・つもりだ。とにかくピアソラの作品には、暗く重い曲が圧倒的に多い。このツィガーヌ・タンゴならいいかなと思う。調べたら、ツィガーヌはフランス語で、ジプシーの意味だそうだ。

 あくまでも予感レベルの話なのだが、2018年は私の仕事にとって反転攻勢の起点となりそうだ。内向きだったネコが、外向きに体質を変えつつある。文字通り、艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず(新約聖書・ローマ人への手紙5:3)である。

 余命ブログの皆さんも、心機一転して新たな仕組みを展開しそうだが、ネコはネコらしくマイペースで独自路線を歩んでいきたいと思う。

 2018年は何が起きてもおかしくない年になりそうだ。去年から北朝鮮問題に目を奪われているが、文在寅大統領率いる韓国との関係の方が年明け早々に悪化し、連鎖的な動きが日本国内で起きるのではないかと懸念している。トランプ大統領の威勢はいいが、老獪なプーチン大統領と習近平主席が手を組めば(もう組んでいるのかもしれないが)、北朝鮮問題も一筋縄ではいかないのではないだろうか。

 もうじき幕を開ける2018年は、まずは自衛のための備えが喫緊の課題だと思う。あくまでも、食料、飲料水、燃料、予備電源、基本医薬品である。どうか、皆さんが平穏無事に新しい年を終えられるよう、心から願っている。


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by hirune-neko | 2017-12-31 23:01 | 心の中のできごと | Comments(2)

一年の終わりは人生の末期、この世の終焉を連想させる


Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato

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 3組の子どもたち夫婦、3人の孫が集まった。どういう訳か体調が思わしくなく、小さな子どもたちの歓声を聞きながら、かなりうたた寝をしてしまった。もう私がいてもいなくても、子どもたちの家族同士で会話が弾み、打ち解けるようになっている。私はただ、そこに居るだけの存在になっている・・・ということは、親としての使命はほぼ果たし終えているのだろうと思う。信頼し、思いやれる人たちと一緒の時間を過ごすのは、平安なひとときである。

 いつしか人生の途中から、仕事は単に売り上げを増大させ、利益を拡大すること以上の意味を持つと思うようになった。近年は、ますますその思いが強くなってきている。

 一年の終わりは人生の末期、この世の終焉を連想させる。人生の末期で、人は自分の一生を振り返り、何を思うだろうか。寝る時間を惜しみ、時には人を欺し、裏切ってまで売り上げを増やすこと、資産を増やすことに夢中になってきた人は、果たして人生の最期の時に預金残高や束になった不動産の権利証を目にして、充実した佳き人生だったと思うだろうか。逆に、利己的な行動で人を傷つけ、苦しめたシーンが甦り、悔悟の念に苛まれるのだろうか。この世を離れるときに、人間は何を携えて、新たに始まるかもしれない永遠の旅路を歩み始めるのだろうか。

 2018年に、世界的な動乱が発生し、平安な社会生活が終焉を迎えるかもしれない。他国に侵略されるかもしれないし、国の広範囲が焦土と化すかもしれない。アメックスのゴールドカードを持っていたとしても、買える物が何もないかもしれない。永年に渡って価値があるとされていた物が、あっという間に無価値になっているかもしれない。物欲や金銭欲、名誉欲に支配されていた人たちは、全てが虚しい砂のようになって指の間から地面に落ちていくように感じるかもしれない。
 
 透徹した判断力を持つ人は、永年に渡る消去法によって、真に価値ある物を絞り込んできているのではないだろうか。自分なりの人生観や価値観を構築し、そこから大きく逸脱しない生き方をしている人は、人生の真の成功者と言えるのではないだろうか。

 三男は現在、神経内科で研修医として勤務している。私の健康状態が心配だったらしく、聴診器を取り出すと、この寒いのに上半身を露出させ心臓を中心に診察してくれた。心臓に変な音はないね、とのことだった。まだ半人前だろうけれど、どうやら心臓が正常らしいと聞き、嬉しかった。それよりも嬉しかったのは、診療費を請求されなかったこだ。

 さあ、明日でいよいよ2017年ともお別れだ。近年になく多忙な一年だったが、2018年が転換期となる前奏曲となってくれれば、こんなに嬉しいことはない。


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by hirune-neko | 2017-12-31 01:08 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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