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昼寝ネコの雑記帳

2017年 05月 24日 ( 1 )

暑く、消耗した一日だった


Astor Piazzolla " Tristeza De Un Doble A "


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 夕方、製本屋さんから電話があって、表紙が足りなくなってしまったと言われた。すぐに倉庫に向かい、台車を押して4階に上がった。24時間、自由に出入りできる倉庫なので急な用事の時にはとても助かる。ハードカバーの表紙なので、1梱包が50枚でもとても重い。短時間ではあったものの、身体を動かしたので消耗してしまった。

 具合の悪いことに、かなりの時間正面から西日が射してとても見えにくい状態で運転した。ある信号で、黄色から赤になる瞬間だったらしく、交差点に入ろうとしたら目の前に歩行者が何人か歩いていた。危なくぶつかるところだった。運転能力はまだしっかりしてると思うので、免許証の返上にはまだ早いと思っている。運転は長年にわたって、全然苦にならないと思っていたのだが、さすがに年齢を重ね情けない状況になってきている射し

 夕食の給仕のため、義母の部屋に食事を持っていった。義母は何年も前に、日帰りで白内障の手術を受けている。私が自分の白内障のことを告げると、驚いたような顔をしたが、病院に行って手術を受けるよう勧められた。とてもよく見えるようになっているらしい。私の場合は、白内障なのか、あるいはコンピュータや携帯デバイスを長時間観ることが原因になっているのかよくわからない。しかし最近は、レーザー治療が一般的だと聞いているので、もしもう少し悪化するようなら調べてみようと思う。

 目が見えなくなり、思考能力や記憶力が低下し、指が動かなくなってしまったら、私は廃人同然だと思っている。そうならないように、食べ物に気をつけて養生しようと思っている・ ・ ・思ってはいるのだが、なかなか行動が伴わない。今日、倉庫のエレベーターを降りた1階にある自動販売機の前で足が止まった。いや、足を止めた。「おすすめ」とレッテルが貼られていたのは、チョコブラウニーだった。かなり以前、頻繁にセブンイレブンで購入し、ムシャムシャと食べていたのを思いだした。確か、ブルボン製菓の製造のはずだ。
 
 久しぶりに会ったのに、そのまま無視して通り過ぎると、不義理になってしまうので、1本だけ購入し運転しながら口に入れた。いやあ、さすがに美味しかった。相変わらず、甘いものと可愛いネコには弱いようだ。

 改めて思うのだが、こんな風にとりとめのないことを書けるのは、なんて平和なのだろうと思う。道ですれ違う人たちの表情を見ても、不安や恐れを感じとることができない。よく、日本人は平和ボケだと言う人がいるが、そうなのかもと思う反面、いざというときには日本人は一致結束しことに対応する集中力を持っていると思う。

 一般の人と比べ、私はインターネットから情報を得ることに時間を費やしている方かもしれない。今日の余命ブログ記事で読んだのだが、「有事の外患誘致罪、平時の共謀罪」という表現があった。余命ブログ主のコメントの中にである。この言葉を読んで、まだまだ私が深く理解していないことを自覚した。「親告罪」についても、ほんの少しだけ解説されていた。どうもその辺の理解も不十分であることを自覚した。余命関係者の皆さんの視野には、かなり明確なシナリオが描かれているという印象を受けた。つまり、そのシナリオの中軸をなすのが外患誘致罪であり、さらには共謀罪であるらしい・ ・ ・知らぬは私ばかりである。まだまだ勉強不足の自分を恥じている。

 理論的に説明することができないのだが、印象だけで表現すると、安倍総理の、ひとつひとつ外堀を埋める根気強さ、余命ブログの主導する戦略・戦術・ ・ ・この両者が、水面下の目に見えないパイプでがつながっているのかどうかは全くわからないが、逆に、日本の現状・真相を正確に捉え、その弊害を確実に除去するという方向を目指す時に、実行すべき具体策というのはおのずと通底しているのかもしれない。つまり、あるレベル以上の戦略家の視野には、私のような人間が到底見ることのできない、明確な道標が、共通して視野に入っているのだろうと想像している。

 これまでもたびたび触れてきたが、古代イスラエルの支族の発祥を研究している人の言葉によれば、イスラエルの民の祖先はどこかで日本人などのルーツを持っている、という表現があった。そのような記述を読むと、私の脳内はますます混乱してしまう。

 いずれにしても、日本・ユダヤ同祖論は、それなりに根拠があるのではないかと思っている。日本の軍隊や国防そのものが、現行の法制度上、十分な能力を発揮できないといわれている。大反対が起きるだろうけれど、アメリカが日本に対して抑止力としての、核武装を勧めるようになるかもしれない。かつて、長崎と広島に原爆を投下し、膨大な数の一般市民を殺戮したアメリカは、日本からの報復を恐れていた側面もあるのではないだろうか。先の大戦では確かに敗退したものの、日本軍人の質の高さ、日本人の勤勉さなどを知るにつけ、日本からの報復を恐れるあまり、日本を弱体化する憲法を押し付けたという考え方ができるのではないだろうか。

 最近知り合った男性は長崎の出身で、父親が働いていた工場が原爆の直撃を受け、父親が即死したと言っていた。しかし、もうそれは水に流したとも言っていた。戦後まだ100年も経っていないのに、彼はわだかまりを捨て去った。加害者と被害者の立場は、1000年たっても変わらない、などという事は言っていない。

 私は、自分の先祖の系図をたどったことがある。父方も母方も江戸時代までなんとか調べたが、それ以上は調べられなかった。憲法改正や、国際的な軍事協力・ ・ ・あくまでも国際平和を目的とするという前提であるが・ ・ ・が進展するにつれ、日本の企業が持つ技術力を結集して、かなり強力で精度の高い兵器を作り出すことができるのではないだろうか。以前、余命ブログで教えてもらった内容だが、戦車や潜水艦、機雷などの性能は非常に高いようだ。

 日本はもしかしたら、眠れる森の獅子かもしれない、という気がする。アメリカ人と接していると、優秀な人は確かにとても優秀だ。特に大局観があり、物事を大きく捉えでまとめる能力に長けていると感じる。一方、日本人の場合は集約的な能力・技術を持つと思う。ドラえもんではないが、日本の技術力によって世界平和に貢献するような、常識では考えられない兵器ができるのではないだろうか。敵国からミサイルが飛んできても、遥か上空で遠隔操作によるプログラム変更を行い、発射したミサイル基地にお帰りいただく、「ミサイル出戻り説得機能兵器」である。このような兵器ができたら、怖くてやたらにミサイルを発射することができなくなるだろう。

 こんな感じで、武力行使ができにくくなるような、平和製造兵器のようなものが量産できれば、日本は世界平和に大きく貢献するだろう。

 こんな妄想ばかりしているので、だんだんと誰からも相手にされなくなっていくだろうと思う。ゴーイング・マイウェーなので、それはそれで仕方のないことだ。


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by hirune-neko | 2017-05-24 01:21 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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