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昼寝ネコの雑記帳

2016年 11月 12日 ( 1 )

ようやく、仕事環境がコントロール下に入ってきた


Celos - A. Piazzolla

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

詳細な説明は避けるが、ようやく通常業務を
新しいiMacでこなせるようになってきた。
正直にいって、肩の力がかなり抜けたように思う。

時間との闘いになるが、サイトの基本構造を再考し、
なんとか復帰させたいと思っている。

次男のお嫁さんのご両親が、遠路奈良から車でいらっしゃった。
知り合いの方が農家で、低農薬で栽培した新米の玄米を、
2袋、合計60キロを運んできてくれた。
おまけに精米器やいくつもの保存用のタッパーウェアも
一緒にいただいてしまった。

30キロ入りの米袋は、かなり重いものだ。
米と水、それと缶詰の食品がそれなりの量あれば、
安心感を持つことができる。
何年も前に購入した七輪と木炭は、まだ使用していない。

自然災害あるいは人為的に起こされる、
非常事態、緊急事態、さらには有事といっても、
実際にどのような状況になるかは予測が難しい。
あくまでも想像の域を出ない。

最も可能性が高いのは、流通網が破綻しスーパーや
コンビニに商品が入らなくなることだ。
爆買いならぬパニック買いによって、商店の棚からは
あっという間に、食料品が姿を消すだろと思う。
以前の東日本大震災で経験済みのことだ。

通信網の破綻も可能性が高い。
とくに固定電話が不通になり、さらには携帯電話も
つながらなくなってしまう。
家族や友人・知人の安否が確認できないのは
とても不安なものだ。
やはり、東日本大震災のときには固定、携帯電話が
一切つながらなくなってしまった。
しかし、インターネットはずっとつながっていた。
スマートフォンや携帯端末を持っていれば、
かなりの情報を入手することができるので、安心だ。
一体、どこで何が起こっているのかを把握できないと
心理的に非常に不安なものだ。

しかし、そこにも落とし穴がある。
電源だ。
基本インフラは三日で回復するなどと、まことしやかに
いう人がいるが、東日本大震災の時、仙台にいた知人の
話によると、とんでもない日数がかかったそうだ。
停電すると、スマートフォンや携帯端末は
三日目には放電しきってしまうのではないだろうか。
従って普通の日常生活のように、いつでもコンセントから
充電することができなくなってしまう。

そこで役に立つのが、大容量のバッテリーだ。
私は何年も前に、ハイパー・ジュースという名の
結構重い充電池を購入し、出張には必ず持って行く。

非常事態・緊急事態で懸念されるのは、テロ行為だ。
何度も指摘しているように、日本にはスパイ防止法がない。
海外からの工作員が多数侵入し、潜伏しているというのは
間違いのない判断だろう。
他国と交戦状態になったとき、その工作員が本国からの指示で、
いろいろな破壊工作をする可能性は、十分に考えられる。

特亜三国の中のある国が作成したといわれる
破壊工作のマニュアルがあるそうだ。
その中には、携帯ミサイルによる原発攻撃に加え、
細菌兵器、化学兵器による破壊活動があるそうだ。
水源地に猛毒の物質を投げ込まれたら、水道水は飲料に適さない。
いずれは給水車が回ってくる、と考える人が多いかもしれない。
しかし、自然災害ではなく、他国との交戦という有事を想定すると
給水車に列を作って並ぶような、のどかな風景は想像しにくい。
やはり、飲料水は米同様に優先して備蓄すべき対象だと思う。

ほとんどのマスメディアは報じていないらしいが、
余命ブログなどでも指摘されているように、とくに
中国および韓国政府は、国防総動員法なる法律を定め、
日本と開戦した際には、日本に住んでいる同国人は
直ちに軍属となり、日本と戦うよう義務づけられているそうだ。

容貌が似ていて、通名で日本語を流暢に話せば、
日本人だと誤認し警戒心を抱かなくなる。
いわゆる便衣兵といわれる存在で、そのようなリスクも存在する。

そんなあれこれを考えると、日本の国家安全保障と同等に、
個人と家族の生活基盤の確保・維持が、個人に期待される
急務なのではないだろうかと思っている。

種々の政治議論、時事議論も大切だが、まずは
予測不能でありながら、現実的に起こりえる事態を想定し、
個人と家族の生存環境を、整備することも重要だと思う。

少しでも多くの人たちが、自分自身と家族を守る努力をすれば、
それだけ自治体の負担が軽減されるし、最終的には
国家の負担も軽減されることになる。
欧米の政府が国民に食料の備蓄を勧めている、という記事を
Weekly みるとすに投稿してくれた方があり、紹介した。

今の時代は、普通の環境が当たり前に継続する、と考えては
いけない時代になってしまっている、と思わざるを得ない。
まずは、自分にできることを着実に進めることをお勧めする。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

by hirune-neko | 2016-11-12 01:02 | インテリジェンス | Comments(2)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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