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昼寝ネコの雑記帳

2015年 10月 30日 ( 1 )

続・老母との深刻な会話


"No quiero otro"

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


母への安否確認電話は、昼前の一回だけが定例化していた。

しかし、めまいがするとか調子が悪いとかいう表現が増え、
心配なので夕方にもう一度、場合によっては夜ももう一度、
徐々に回数が増えている。

身辺整理とか、尊厳死とか、葬儀の方法とか、
もうかれこれ数年前から、死期を悟ったような発言が多くなった。

母は90歳なので、45歳で亡くなった連れ合いの、
ちょうど二倍長く生きていることになる。
十分に生きてきたし、母親としての務めも存分に果たしてくれた。
だからご苦労さん、そろそろ来週あたり逝ってもいいよ、とはいえない。

もう何年にもわたって、倒れても救急車を呼ぶな、とか
入院したら帰って来られないので、家で死にたいとか、
とにかく死臭の漂う話題が多く、こちらも気が滅入ってしまう。

近くに住んでいるのなら、ときどき顔を見に行き、励ますこともできる。
しかし、札幌での独り住まいなのでおいそれとは行くことができない。
どうしても電話での激励しか手段がない。

幸いに近所の方とか、短歌仲間とか、教会の奉仕の方とかが
入れ替わり訪問してくれているので、その点は有難く思う。

実際にどのような深刻な会話をしているか、記録を兼ねて
紙上で再現し、残しておこうと思う。

母「・・・もしもし(と、かすれた声。)」
私「(事務的な口調で)こちらは札幌市、高齢者安否確認センターです」
母「(一瞬間を置いて)ははは。」
私「ちゃんと呼吸してますか?」
母「してますよ」

あるときには、具体的な葬儀の段取りの話になることがある。

母「ハンドバックの中に、葬式費用の一部がはいってるからね。」
私「どうせ派手な葬式なんてするわけないから、気にしなくていいよ。」
母「だけどお前、葬式って案外とこまごまお金がかかるもんだよ。」
私「そう。じゃあさ、訃報の案内の時に、香典はお一人様
  3万円以上でお願いします、って伝えるようにするよ。」
母「大爆笑」

今からすでに、喪中葉書について指図している。

母「住所録に赤く○をつけておくから、11月になったら忘れずに
  喪中葉書を出すんだよ。相手だって年賀状を出す都合があるから
  必ず11月には印刷して出しなさいね。」
私「11月って、いつの11月?今年?だったらいったとおりにするから
  すぐに死なないと、間に合わないよ。」
母「大爆笑」

まあ、こんな感じで笑わせているが、90歳なのだから
長く苦しまず、できるだけ安楽に人生を終えて欲しいと思っている。

いや、本当の気持ちを述べるなら、喪主として葬儀を出すのが
とても億劫だ。
なので、一日延ばしに母のX Dayを視野から追い出している。

私「せっかくたくさん短歌を作ったんだから、ちゃんと
  まとめておいてよね」
母「私の歌なんか、興味を持つのはお前ぐらいのものだよ。」
私「そんなことないよ。子供たちだって孫だって、みんないつかは
  人生の晩年に近づいていくんだから、その時になって
  自分の祖母、曾祖母が歩んだ人生や苦労を深く味わえるようになるよ。」
母「孫っていっても、ほとんど顔を見る機会がないんだから、
  そんな風に考えるはずがないよ。」
私「そんなことないよ、俺だって勇太郎さん(母の父親で私の祖父)とは
  会ったこともないけど、おふくろの話を聞いただけでも親近感を持ったから
  わざわざ金木(現在の青森県五所川原市)の菩提寺までいったでしょ?」
母「そうかい。生活の苦労を歌にした内容だから、人に読ませるものではないと
  思って、全部燃やしてしまおうかと考えてたけど、ひとまとめにして
  置いておくからね。」
私「そうだよ。そうしてちょうだいね。」

そんなことをいっても、いつかは尽きる寿命である。
私が先に逝かないで、看取ってやることが母への最後の
親孝行なのだろうと考えている。

私より先に逝くような、親不孝だけはしないでちょうだいね、と
何度もいうので、そんなに俺より先に死にたかったら、
今から行って絞め殺してやろうか?というと
また大爆笑する。

90歳でも、冗談にしっかり反応してくれる母で助かっている。


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by hirune-neko | 2015-10-30 23:41 | 現実的なお話し | Comments(2)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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