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昼寝ネコの雑記帳

2013年 06月 02日 ( 1 )

王妃エステルの庭〜ミルトスの花の色

Mehr Ensemble - Torino(Traditional Persian Music)



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紀元前400年以上も前の、お話しです。
今ではもう、この伝説を知る人も少なくなってしまいました。

当時のペルシャでは、アハシュエロスという偉大な王様が
国を治めていました。やがてヘブライ語の、クセルクセスの名の方が
良く知られるようになりました。

王妃の名は、エステル。ヘブライ語ではハダッサと呼ばれました。
ハダッサは、ハダスという名の植物に由来しているといわれています。
ペルシャではミルトスの木と呼ばれ、庭木として親しまれていました。
ミルトスの葉や実は芳香を放ち、白い可憐な花をつけました。また、
ミルトスの枝は、仮庵(かりいお)の素材としての使用が
定められていました。

王妃エステルは、その美しさと気高さだけでなく、
慎みがあり情け深い人格のゆえに、国民から慕われていました。
病の人を見舞い、飢える人のために王室の農園を開放し、
寡婦のための施設を作り・・・誰しもが王妃を敬っていました。

王妃は、苦難に遭っている人がいると聞くと、すぐさま
庭師に命じて、王室の庭園に植えている
ミルトスの木を株分けし、届けさせました。
芳香が部屋中に漂い、苦難にあえぐ人たちは
大きな慰めを得ました。それだけではありませんでした。
何日かすると、ミルトスの木には花が咲き始めたのですが、
人々は不思議な光景を目にして、一様に驚きました。
ミルトスの花の色は、白と決まっているのに
ある家では薄紫の花、ある家では薄桃色の花、と
違った色の花が咲くのです。

当時のペルシャの人々は、色は意味を持つと信じていました。
色それぞれには、人々の願いが込められていたのです。
薄紫には健康の願い、薄桃色には優しさ、びわ色には慰め、
という風に、色は言葉以上のメッセージとなっていました。
ですから、王妃から届けられたミルトスの木から
可憐なつぼみがふくらみ、色づき始めると、人々はみな
驚きと畏敬の念で、王妃の深い情愛を受けとめたのです。
不治の病の人には健康を意味する色の花が咲き、
大切な子どもを伝染病で失った両親には慰めを意味する
色の花が咲き・・・。

いつしか人々は、王妃エステルの庭に咲くミルトスの花を、
天からの贈り物だと信じるようになりました。
そして、両親がなく、叔父のモルデカイに育てられたという
王妃は、天から直接地上に降誕された、
聖なるお方だと噂されるようになりました。

数千年の間に、この伝説も消え去ってしまいましたが、
今でも、一部の人たちは色の持つ意味を大切にし、
王妃エステルの庭に咲く、ミルトスの花の伝説を
子どもたちに言い伝えているのです。


*創作ノート
 先週、私は北海道に行きました。老母の介護のためです。
 その合間に、森林公園という駅前の喫茶店で
 デザイナーの女性と会い、打ち合わせました。
 
 これまでの10年間、「大切なわが子へ」という絵本を製作しています。
 地上に生を受けた赤ちゃんへの、ご両親からの
 愛情のメッセージを伝えていただくため、1ページずつ
 お子さんのお名前を入れて印刷する絵本です。
 
 数年前に「大切なあなたへ」というタイトルの絵本を、
 新たに製作しようと思い立ちました。
 特定の誰かに、感謝やねぎらい、慰め、いたわりの気持ちを
 伝えていただくのが目的です。
 贈り主から、相手の名前を印刷したメッセージの絵本です。

 どうしても確信の持てない難しい問題が横たわっていました。
 相手は小さい子どもかもしれないし、人生の晩年の方かもしれない。
 境遇も様々であり、伝えるメッセージの種類も異なるのに、
 どんな構造にしようか、そして一番の問題は、共通の絵柄を
 どのように描いてもらうかなのです。

 デザイナーの方とは、この数年来、途切れ途切れに
 意見交換をしてきました。ほとんどがメールでのレクチャーであり
 ときにはYoutubeで、イメージに近い音楽を送ったこともあります。
 でも、なかなか共有できるイメージが浮かびません。
 そこで、札幌郊外の森林公園駅でお会いすることにしました。

 そのとき、デザイナーの方がずっと考えていたという
 ひとつのテーマを提案されました。
 それは、出版業界の常識に凝り固まっていた私には
 思いがけなく、そして新鮮なテーマでした。
 贈り主が色を選んで、その意味とともに相手に伝える
 というものでした。私は一瞬、当惑しました。
 指定された名前を1ページずつ印刷する工程は
 現在も行っていますが、1冊ずつ色を変えるだなんて、
 とっさには思い浮かびませんでした。
 でも、短い時間でしたが、ある方法がイメージされました。

 課題は、色とメッセージの関連性を、どのように
 リアリティを伴って演出するかでした。
 くる日もくる日も、昼寝をしながら考えました。
 その結論が、ペルシャ時代の伝説でした。
 不遜にも王妃エステルにご登場願い、ストーリーを
 創作しました。ある程度は史実に基づいています。

 商品化されるには、もう少し時間がかかると思いますが、
 そして、特定できない要素を共通のプラットフォームに
 乗せる仕組みの困難さもありますが、なんとか
 実現させたいと願っています。
 いつか近い将来、クロスロードから
 「大切なあなたへ」という絵本がリリースされたときは
 この伝説を思い出してください。
 そして、旧約聖書のエステル記をお読みになってみてください。
 

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by hirune-neko | 2013-06-02 00:56 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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