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昼寝ネコの雑記帳

2012年 03月 16日 ( 1 )

映画「タンゴ ガルデルの亡命」

Astor Piazzolla - Duo de Amor


DVDを受け取ってから、ずいぶん日数が経ちましたが
映画「タンゴ ガルデルの亡命」を、やっと観ました。
最初の数分だけを観て、ブエノス・アイレスらしき街、
と紹介しましたが、どうやら早合点だったようです。

ブエノス・アイレスから亡命してフランス・パリに逃れた人たち、
という設定であり、全編がフランスでの撮影なのでしょう。
アルゼンチンは確か、南米のパリと呼ばれるそうですから
どこか似た印象があるのかもしれません。

個人的には、スペイン語とフランス語がまぜこぜに
出てきたので、二種類の好きな言語を聴けたのは
とてもラッキーでした。
音楽はもちろん、ピアソラでなくてはいけなくて、
冒頭の曲は、最初のシーンだけでなく、途中にも
使われていて、テーマ曲のような感じです。

アンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲した
同じくアルゼンチンの軍事政権をテーマとする
ミュージカル「エヴィータ」とは時代的にずれており
直接的な関連はないようです。

内容に関しては、ピアソラの音楽、出演者の演技、
ふんだんに踊られるタンゴ・・・どれも高水準です。
ストーリーと流れに関しては、日本人にはちょっと
理解しにくい部分が多々あるように思います。
それと、製作手法が、私にとっては前衛的な部分があり
それが作品のリアリティーを減衰させていて、
人工的な作り物であることを随所で実感しました。

ですが、ピアソラとタンゴとフランス語が好きな、
ちょうど私のような人間には、楽しめる作品です

映画を鑑賞する上で予備知識としての背景説明を
映画オタクらしい方のブログでみつけましたので
ご紹介します。


ブログ「逸楽の映画選@リピートマニア」より
タンゴ ガルデルの亡命
原題:El Exilio De Gardel TANGOS

1985年 / フランス=アルゼンチン
監督  フェルナンド・E・ソラナス
脚本  フェルナンド・E・ソラナス
音楽  アストル・ピアソラ、ホセ・ルイス・カスティニェラ・デ・ディオス
出演  マリー・ラフォレ、フィリップ・レオタール、
                ミゲル・アンヘル・ソラ他


舞台こそパリになっているものの、
ソラナス監督がアルゼンチン人であり、かつ、
アルゼンチンが生んだ天才音楽家アストル・ピアソラの
最高傑作との呼び声も高い「タンゴ・ゼロ・アワー」
ともリンクしているので、アルゼンチン度という点では
本作に軍配が上がります。

1970年代にアルゼンチンで発足した軍事政権は、
徹底的な言論弾圧等を行ったため、政府による
強制誘拐・殺人等により生じた行方不明者は
数万人を下らないと言われています。
この間、多くの知識人たちは、難を逃れるため
海外に亡命しました。本作がパリで撮影されているのも、
ソラナス監督自身がそういった亡命者の一人であった
ことによるものであり、また内容についても
軍事政権を逃れてパリに亡命してきた人々が
祖国の現状と郷愁を訴えるタンゴの舞台を
作るというものになっています。

以下、本作を鑑賞するために最低限必要な情報を記しておきます。

① タンゲディアとは?
タンゴはただのダンスではありません。
喜び哀しみ怒りといった人間の様々な感情を
表現できる手段のひとつです。そしてタンゲディアとは
造語で、「タンゴによる悲喜劇」といったニュアンスの言葉です。

② ガルデルとは?
20世紀初頭に実在したアルゼンチン史上に残る
名タンゴ歌手です(日本でいうと美空ひばりみたいなもの?)。
国外に亡命こそしていませんが、世界中を公演で飛び回り、
若くして飛行機事故で亡くなっています。
日本でもCDが出ていますので気に入った人は
買ってみるのも一興でしょう。

③ サン・マルティン将軍とは?
アルゼンチン国内では、欧州からの植民地解放のために戦って
独立を勝ち取ったラテンアメリカの伝説的英雄として
評価されているそうです。もっとも、
欧州生まれのアルゼンチン人であり、ラテンアメリカ各国が
独立を勝ち取リ終わる前に理想と現実のギャップに
失望を感じて欧州に帰ってしまったので、
アルゼンチン以外ではあまり評価されていない模様。
映画で語られているとおり、最後はフランスで客死しました。

④ エンリケ・サントス・ディセポロとは?
20世紀前半のタンゴ界をリードしたスターで、
特に作詞面での評価が高いそうです。
by hirune-neko | 2012-03-16 20:53 | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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