池波正太郎あるいは藤沢周平
ノスタルジーの帰結、あるいは原風景への憧憬。それらは、性急に生きている時期には視野に入らないものだ。今日、引退してゆったりとしたクルージングを楽しむ人たち以外は、そして仕事でかけずり回る人たちはとくに、より時間効率を追い求めて新幹線や飛行機を利用している。彼らにとって、車窓の風景や地方によって違う水の味、それぞれに固有の言葉などはどうでも良く、車内、あるいは機内でも電卓で何やら計算し、書類に目を通す。ひと固まりの砂糖に必死の形相で群がる蟻のごとく、価値判断の基準は見事に統一されている。
私自身にはとやかくいう資格はなく、かなりの期間にわたって文字通り仕事であちこちをかけずり回っていた。神経がいらだって、車を運転していても音楽を聴く気になれず、FMは饒舌すぎてかんにさわり、ふとNHKのAMを選局した。ちょうど森繁久彌のボソボソとした語り口調で、時代小説の朗読が始まるところだった。池波正太郎作、「剣客商売」のなかの一章「辻斬り」だった。おもわずフンと嘲笑したが、オフにするのも億劫で夜道を運転しながら、一応は耳を傾けていた。やがて朗読が終わる少し前に自宅の駐車場に着いたのだが、最後まで聴きたかった。番組が終わるまで、車から離れることができなかった。これが池波正太郎作品との最初の出会いだった。 「剣客商売」を探したら、新潮文庫から全十数巻がシリーズで出版されていることが分かった。しかし、そのときは全巻を揃えるのが難しく、結局何カ所ものブックオフを回って全てを揃えることができた。全巻そろったときは、ちょっとした感動を覚え、一気に読了した。 その後、同じく時代小説の大家・藤沢周平の存在を知人から教えてもらった。胸を患ったこと、愛妻に先立たれたことなどを知るにつれ、藤沢作品の持つ微妙な陰影と、そして登場人物が隠れ持つ「業」のようなものに惹かれていった。 最近は「三丁目の・・・・」とか「フラガール」とかが人気であるらしく、昭和初期やあるいは大正ロマンのようなものにノスタルジーを覚える人が増えているように思う。池波、藤沢作品と出会うことにより、私の場合は江戸時代への興味が増して来ている。本当は、その頃の人物を描いてみたいと真剣に思っているのだが、なにせ江戸の言葉は職業によって使い分けもしなければならず、相当の知識が必要とされるようなので、まったく前に進んでいない。ただ、囲碁と将棋に関しては、幕府のお抱えの専門家が存在して発展したということなので、単なる武家社会のお話しではなく、たとえば武家の家柄に生まれながら、棋士になりたくて勘当になった男児が主人公のお話を書いてみたいと思ったことがある。残念ながら思っているだけである。いつかは時代小説を上梓してみたいと、夢みたいなことを考えている。それだけでも、密かな楽しみになっており・・・われながら安上がりな人間だと思う。 最近の生活ぶりは、朝のゴミ出しから始まって、大鍋で作るダイエットスープ、北海道クリームシチュー、特製甘口カレー、オリジナル味噌ラーメンの野菜トッピング・・・そして日に三度の皿洗い、洗濯物を干すこと・・・という主婦業をこなしながら、看護学校に勤める従姉妹が次々と紹介してくれる、産婦人科や助産師への対応に追われている。夜、TSUTAYAに行ってみたものの、サスペンスもアクションもスパイものもどうも気が進まない。で、結局借りてきたのは、池波正太郎原作の「鬼平犯科帳」シリーズ。以前も何作か観たことはあるのだが、改めて、疲れ切った頭でもかなり楽しめる・・・というか頭を使わずに黒白のはっきりしたストーリーを自然に追うことができる作品だと、いたく感心した。さらに、最後で使われている音楽が、突然のフラメンコで、ジプシーキングスの「インスピレイション」というのも泣かせる。江戸時代に生きてみたい、江戸の街を徘徊してみたい。これが今の私のノスタルジーである。もちろん、非現実的なお話しだが、脳内で仮想の江戸時代を作ることができれば、文章にしてみたいという・・・能力を省みない無謀な構想が浮沈している。・・・だがこれは、誰にも迷惑をかける話しではないし、先行投資で必要なものはせいぜい江戸の古地図と江戸に関する何冊かの書籍だけなのだからお許しいただきたいと思っている。 よろしければ「人気blogランキング」クリックのご協力をお願いします。 人気blogランキング 昼寝ネコの文章がグリーティング絵本になりました グリーティング絵本のコミュニティーもできています(mixiです)
by hirune-neko
| 2007-11-08 21:56
| 音楽・映画・本の世界
|
Comments(4)
Commented
by
君の名は
at 2007-11-08 23:19
x
ある作家が言っていました。
いまだに原稿は手書きらしいのですが、そのペンが止まらないそうです。 職業病?書きたくて、書きたくてとまらないそうです。 昼寝ネコさんも着火しましたね。楽しみにしていますよ。
0
Commented
by
Tonton
at 2007-11-08 23:53
x
池波正太郎の「鬼平犯科帳」は古今亭志ん朝が朗読しているCDが出ています。 耳で聴く鬼平も中々よいですよ。
Commented
by
hirune-neko at 2007-11-09 04:31
Commented
by
hirune-neko at 2007-11-09 04:32
|
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
記事ランキング
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 昼寝ネコのプロフィール
・1951年
小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。 ・1969年 中央大学経済学部入学 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。 ・1974年 同大学卒業 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。 ・2006年 現在に至る プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。 ・2010年 宇宙の旅 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。 ・現在 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。 お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||