昼寝ネコの雑記帳

ああ、どうすればいいのだろう?

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    (画は引き続きカトリ〜ヌ・笠井さんなのだ)

人は、人生を終えるまでに、何度天を仰ぐことがあるのだろうか。万事休す、四面楚歌、絶体絶命、茫然自失、自業自得・・・。最初に天を仰いだのは、もうかれこれ十数年前になる。飼われていたわけではないが、廊下の端の空いた場所に住まわせくれていた・・・独り住まいのおばあさんが突然亡くなり、その古家の取り壊しが決まった。私には年老いた母と、家内と、交通事故で亡くなった息子夫婦が残した七匹の孫たち。ネコとしては大家族だった。裏庭から出た道路がコンビニとファミリーレストランの裏口に面していたため、食べ物には困らなかった。すっかり安穏とした生活に馴れ、食べ物を自分で確保する技術もなくなってしまった。さらに住み慣れた家を追われてしまう。ああどうしよう。飼い主には身寄りがなく、せめて孫たちだけでも引き取ってほしかったが、それもかなわない。「路頭に迷う」という言葉が現実感を伴って頭の中を駆けめぐる。今日も解体業者が取り壊しの下見に来ていた。すぐにでも雨露をしのげる場所を確保しなくては。

これほど野良ネコとして生まれた自分の生い立ちを呪ったことはない。ああ、どうしたらいいんだろう。今さら他のネコの縄張りに侵入して寝ぐらを確保するなんて、まず無理だろうな・・・。考え疲れた頭はズンズン重くなり、ああそういえば今日はあれこれ思い悩んで昼寝をしていなかった、と思いながら、いつの間にか深い眠りについてしまった。

あれは夢だったんだろうか?目覚めた私は、ぼんやりした頭で記憶を辿った。やけにはっきりした夢だった。台所の隅に置かれた小さなソファで私を呼んでいる。「さあさあ、ぽん太。こっちにいらしゃい」
私はぽん太という名前で呼ばれるのがいやだった。本当はごん太というのだが、おばあさんはそんなことはお構いなしだった。
「私ももういい歳だからねえ」(うん、それは否定しがたいね)
「私にもしものことがあったら、ぽん太もこまるだろう?」(まあね)
「この包みを覚えておきなさい。このソファの破れ目の奥に入れておくからね」
(なんじゃい、それは?)
「これはね、ある人にとっては命の次ぐらいに大切なものなんだよ。私にもしものことがあったらね、これをあの人のところに届けてあげなさい。そうすればお前にすっかり感謝して・・・今では県内一の都市の名士だから、お母さんや奥さん、孫たちを住まわせてくれるよ。分かったかい、ぽん太や?」(分かるわけないでしょう?)
「私が生きてる限り・・・いやぁ、私がこのまま何も言わずに死んでしまった方がもっと、あの人は自分を責めるだろうね。でも、そんなことはないかもしれない。とっくに私を忘れ去っているかも知れないねぇ」(余計分かんないよ、おばあさん)
「まあとにかく、人生にはいろんなことがあるものだよ。ぽん太も、息子さん夫婦の事故の時は大変だったねぇ。ネコにもネコなりの苦難というものがあるんだよ。人間同様にね」(まあ、そりゃそうだわいな)
「ぽん太」(ゴン太だっていうのに)
「こうして独りで長い間暮らしてきたけど、お前たちが側にいてくれたので、私は気を紛らわせることができたんだよ。ありがとうね」(いえいえ、とんでもない。こちらこそ住まいと食べ物をいつも、感謝していますよ)
「どんなにいやなことを思い出しても、ぽん太のアホづらを見ていると、心がなごむものねぇ」(えっ?ほめてんの?けなしてんの?)
「でも、あの人は今でもふさふさした髪で・・・真っ白だけど、昔のまんまだねぇ」(あの人って?一体誰のことなの?)

夢はそこで終わってしまった。不思議な夢だった。外では解体業者の話し声がする。解体用の重機を待っているらしい。いよいよ住む場所が無くなる。

「さあさあ、ぽん太。こっちにいらしゃい」えっ?おばあさんの声がする。そんなはずはない。声がする台所に行ってみたが、誰もいない。見慣れたソファの裏側に回ってみた。夢で言われたように、破れ目があり奥に布製の包みが入っている。なんとか引っ張り出した。外では重機の音がする。私は家族全員に声をかけ、外に避難した。途中で一度だけ振り返ったが、住み慣れた家が崩れて行くのを正視することはできなかった。私たちは。正真正銘の絶望的な環境に追いやられた。残念なことに、ネコ一族には「悲観して自殺する」という思考回路がない。常に「どうずれば事態が少しでも好転するか」だけを考える資質がある。

とまあ、虚勢を張って偉そうなことを言っているが、本当のことを言えば、内心は穏やかではなかった。今は再びこうして、立派なお屋敷の別棟の物置の一角に専用の場所を与えてもらい、十分な食べ物を与えられている。何がどうしてどうなったかって?知りたい?全然興味がないの?じゃあ聞かせてあげよう。

白い髪がふさふさの町の名士って・・・ネコ仲間に聞いて回ったところ、評判の外科医らしいということになった。母と家内と七匹の孫を引き連れて、なんの確信もないままぞろぞろと、その外科医の家に向かった。長い道のりだった。

広い邸宅だった。駐車場脇の目立たない場所に陣取り、外科医の帰宅を待った。車から降りた外科医の目に飛び込んだのは奇妙な布袋をくわえたのを含め、総勢十匹のネコたち・・・さぞかし奇っ怪な光景だっただろうと思う。外科医は警戒するでもなく、私の方に近づいてきた。私はすがるような気持ちで布袋を足下に離した。

布袋に入っていたのは「カルテ」だった。一瞥すると、外科医は私たちを優しく邸内に招き入れ、メイドに言いつけて食べ物を与えてくれた。孫たちががっついて食べる様子を静かに眺めていた外科医は、メイドがいなくなると口を開いた。

もう何十年も前のこと。若手の外科医は患者から慕われ、病院内でも評判の名医だった。そこには、亡くなったおばあさんが看護師として働いており、お互いに尊敬の念を持っていた二人は、やがて愛し合うようになった。ところがある日、おばあさんは病院の理事長が、娘と外科医を結婚させようと考えていることを耳にする。おばあさんは悩んだ。その方が彼にとって充実した人生になるのは、目に見えていたからだ。そんな彼女の苦悩を知らず、彼はいつもやさしく振る舞い、立派に仕事をしていた。そんなある日、緊急手術後の患者が食べたものを戻し、窒息死する事故が起きた。手術をしたのは彼だった。おばあさんは、術前の面談記録を覚えていた。手術の1時間前に食事をしていたのだが、緊急手術がいくつも重なり、疲労と焦りで彼は術前面談の記録をきちんと確認しなかったに違いない。そう判断したおばあさんは、彼の医療過誤が表沙汰になるのを防ぐために、カルテを衣服の中に隠し病院を抜け出した。そして二度と戻らなかった。結局カルテは見つからず、責任の所在も曖昧で・・・何せ評判の名医の手術だったのだから・・・という判断で遺族の抗議も無視されてしまった。彼には内心、もしやという思いがあった。しかし、カルテは存在せず肝心のおばあさんも行方不明で、手の打ちようがなかった。時間が経てば人々の記憶も悲しみも薄れていくのが世の常である。彼は、院長の勧めに従い、その娘と結婚した。画に描いたような幸せな生活だった。

そこに私が、当時のカルテを持ってきたことになる。正確には、カルテの他にもうひとつ。茶色に変色しかかったカードが入っていた。おばあさんの筆跡だったが、当事者を特定できないように、宛名も署名もなかった。カードにはこう書かれていた。
「これを持ち出すことしか思い浮かびませんでした。そして廃棄する勇気もありませんでした。軽率な行動だったのかもしれませんが、あなたの将来のために、ちっぽけな私一人が犠牲になればいいという思いが頭の中を占めていました。でも、私は一人でないことが、後で判りました。ご迷惑をおかけしたくなかったので、私一人で育てる決心をしました。男の子でしたので、あなたのお名前から一字いただきましたが、はしかの症状が思ったより重く、二歳半で亡くなってしまいました。とうとう最後まで、何もお知らせすることができず、この便りも果たしてお手許に届くかどうか分かりません。新聞や雑誌、テレビで何度もあなたをお見かけし、その度に私の選択は正しかったんだと、自分を納得させることができました。短い時間でしたが、幸せな人生でした」

彼は、奥さんには何も話さなかった。しばらくして、おばあさんが亡くなったことを知り、私たちを車に乗せてお墓に行った。およそ仏式のお墓には不釣り合いの・・・周囲からは顰蹙を買いそうな・・・赤い薔薇の花束が墓前に置かれた。彼を取り囲むように座る私たちに声をかけると、ポケットからライターを取り出し、彼はあのカルテとカードに火を点けた。灰が足許で舞い、深々と頭を下げた彼の眼からは、涙が滴り落ちていた。

夏の終わりの朱色に照らされたおばあさんの笑顔が、一瞬だが見えたように思った。眠かったので、錯覚だったかも知れない。


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by hirune-neko | 2007-09-12 22:14 | 心の中のできごと | Comments(4)
Commented by ケ・セラ・ソラ at 2007-09-13 00:00 x
ひとつの愛を大切に思い続けた女、家族を守り続けた猫、
大切な記憶をよみがえらせた男・・・ジ~ンとしました。
クスッと笑いもあるし、いいですね~
Commented by hirune-neko at 2007-09-13 00:25
>ケ・セラ・ソラさん

ご感想、有難うございます。
登場人物のそれぞれの心情を
深く理解してくれていると思います。
やはり、無理に毎日書こうとすると
自己嫌悪と自閉症が襲ってきますね。
これだけやってればいい訳ではありませんので、
ほどほどの間隔で、ゆっくり丁寧に
書き続けられればいいなと思っています。
ふう・・・。
Commented by やっぱりネコ at 2007-09-13 09:17 x
テンポよく、一気に読みました。
ユーモアも感動もあり、書かれていない
長い間の出来事を思い描くこともでき、
さわやかな読後感でした。
Commented by hirune-neko at 2007-09-13 14:16
>やっぱりネコさん

そんな風に、肯定的な感想を書いてくださると、
単純なわたしですから、嬉しくなってしまいます。
仕事の合間に書いていますので、そう簡単に
ホイホイとは書けませんが、ゆっくり続けたいと思っています。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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