昼寝ネコの雑記帳

昼寝ネコの、ブロードウェイ営業雑記帳

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もうずいぶん昔のお話です・・・。

社内で輸入ミュージカルの楽譜を扱うことになりました。調査したら、銀座のヤマハでも、有名なミュージカルのボーカル・セレクションが多少と、ボーカル・スコアなんてほんの少ししか店頭に並べていないことが分かりました。ミュージカル好きの私は「あっ、それ私に担当させてください!」と、無謀にも立候補してしまいました。「えっ?担当したい?じゃあいいよ。担当してね。アメリカでもイギリスでも、どっちでもいいから、ちゃんと仕入れルートを開拓して輸入できるようにしてね。」案ずることはない・・・まあ、行けばなんとかなるだろうと考え、一路ミューヨークに飛んだんです。マンハッタンのホテルに滞在し、早速「営業活動」が始まりました・・・なんてありっこないんですよ。大体、どこに行けばミュージカルの楽譜が売ってて、しかも、どうやって仕入れ先を確保するか・・・時差ぼけの頭を抱えて、ようやく事態の大変さを悟りました。

手始めに、当時ニューヨークで日本人向けのMusical Expressという、ミュージカルガイド雑誌を出版されていたMiyanjo(済みませんが漢字を忘れてしまいました・・・「みやんじょう」さんとおっしゃいます)ご夫妻のオフィスを訪ねました。楽譜や舞台関係の書籍・雑誌を扱っているお店にも案内していただいたのですが、小売店から卸してもらうとまったく条件が合いません。仕方なく、yellow pageをパラパラめくり、めぼしい店の名前を書き留めると、タクシーに乗りました。

最後に行き着いたのは、ブロードウェイにある楽譜屋さんでコロニーといいます。(Colony、Broadway & 50 St.)入ってみて、大感激でした。ミュージカルの楽譜が、セレクション、スコア、シートミュージックとまずまずの品揃えなのです。満面にんまりでした。一応は商品の所在を確認したのですが、そこは小売店ですから、どうやって卸元を突き止めるかなんですね。まずは正攻法でチャレンジ・・・。「とても商品のラインナップが豊富ですね」と、話しかけてみました。店員は3名ほどで男性だけでした。一番年配で眼鏡をかけ、鼻の下にヒゲをたくわえた男性に話しかけたんです。まったく無表情で「そら、そうやろ」という感じで鼻であしらわれました。「ところで、楽譜はどんな風に流通しているんですか?」とにかく訊いてみました。アメリカは日本と違い、出版物はnational distributor呼ばれる、全米をテリトリーとする問屋と、regional distributorと呼ばれる、州内で卸している二種類があることは、事前の調査で分かっていました。しつこく食い下がると、そのregional distributorから供給を受けているというのです。そこで本音です。「日本へ輸出したいんですが、その問屋さんの名前と電話番号を教えてもらえませんか?」すると、困った表情が数秒続き、「あきまへんな、教えられまへん」と英語で素っ気なく言われました。

そして翌日、再びコロニーに行きました。昨日のおじさんはいません。で、別の男性に話しかけました。「かくかくしかじかで、楽譜の問屋さんを教えて欲しいのですが、昨日のおじさんは今日、お休みなんですか?」すると彼は0.8秒ぐらいの躊躇の後、「よろしゅうおます、教えまひょ」と、すんなり社名と電話番号を教えてくれたんです。

コロニーを飛び出すと、公衆電話を探しました。相手が出ました。後は情熱で押しの一手です。ニュージャージー州・・・つまりニューヨーク州の隣の州にあるんですが主旨を説明すると、会ってくれるということになったんです。

・・・こんなお話、つまらないと思われるかもしれませんね。でも、昔の佳き思い出ですから、もう少し付き合ってください。

翌日・・・ニューヨークではレンタカーを借りないことにしていましたので・・・タクシーでその会社に向かいました。へっ?これが会社?と思うぐらいのんびりしていて、スタッフも数人。で、社長は結構高齢で、日本人が突然電話してきて楽譜を仕入れたいという珍客に、興味津々という感じでした。ものの5分ぐらいで条件が成立し、仕入れルートは無事に開拓できたんです。契約書もなしで、口頭の確認だけでした。あとはよもやま話し。かつては、全米でも一番大きな楽譜問屋だったとか、グレンミラーのエージェントをしていたとか・・・よく見ると事務所のキャビネットには洋酒のびんが数十本並んでいました。「アルコールはいけまっか?呑まはらへん?そうでっか・・・」と、少し残念そうな表情でした。

取引を始めて1年足らずで彼は他界し、事務所は閉鎖されました。でも、別会社に移ったマネージャーを捜し当てることができて、同じ条件で取引が引き継がれたのです。

結局、思ったほど日本でのミュージカルの楽譜は需要がなく、撤退して今日に至っています。亡くなった社長は、旧きよき時代のアメリカ人だったと思います。突然の来訪者に取引の門戸を開く度量の大きさ・・・それは今でもアメリカには存在しているはずです。ニューヨークもニュージャージーも、ずっと訪れていません。おそらく、コロニーは今でも営業していると思います。Miyanjo InternationalをGoogleで検索したら、奥様の名前しか記載されておらず、元ダンサーのご主人はどうされているのかなと、ふと気にかかりました。

いつかまた行ってみたい。ちょっとした望郷に似た想いです。

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昼寝ネコの文章がグリーティング絵本になりました

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by hirune-neko | 2007-09-05 00:10 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)
Commented by romari n at 2007-09-05 06:30 x
すばらしい行動力と、決断力と情熱ですね。
昼寝ネコさんがまず、ミュージカルの楽譜購入ルートを確保することを買って出た事と、ニューヨークに飛んでどこから始めるかのところが、すごいです。しかも教えてくれそうにないところに情熱で食い下がる・・・

シャポー(脱帽)です。
Commented by やっぱりネコ at 2007-09-05 09:06 x
事実は小説より奇なり

昼寝ネコさんの
世界をまたにかけて活躍する話
圧倒されます。
Commented by hirune-neko at 2007-09-05 14:11
>romarinさん

あまり持ち上げないでください。
事業としては継続しなかったのですから、
残念な結果でした。
シャポーって、脱帽という意味があるんですか?
知りませんでした。
Commented by hirune-neko at 2007-09-05 14:14
>やっぱりネコさん

世界をまたにかけていたかもしれませんが、
決して活躍はしていませんよ。
必要最低限のことはしたと思いますが、
ドブネズミのように視点を低くして
いろいろ見て歩きました。
私は好奇心の強いネコなんです。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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