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昼寝ネコの雑記帳

チベット高原の昼寝ネコ

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 (画は、やっぱりカトリ〜ヌ・笠井さんです)

昔々、チベット高原にネコ王国が存在し、不思議なネコが住んでいました。何世代か前の先祖がヨーロッパから移住して来て、それ以来ずっとチベットに住んでいるのです。先祖ネコは、東欧を流浪していたジプシーと生活をともにし、少なからずライフスタイルにジプシーの影響を受けていました。

さて、その中に一風変わったネコがいました。「昼寝ネコ一族」と呼ばれ、昼寝を習慣として、いつも大草原で堂々と大の字になって眠るネコなのです。みんなからは「メダー」(チベット語で昼寝ネコを意味します)という名前で呼ばれ、親しまれつつも恐れられていました。なぜなら、普段はとても気のいいネコなんですが、夢を見ることが多く、その夢で見たことが必ずといっていいほど実際に起きるからなのです。「メダー」の先祖もそうでした。夢の内容を聞くために、地方からもぞくぞくと人が訪れるようになったのです。今では、年寄りから若い人までが、「メダー」の夢の内容を聞きに集まってきて、その内容は全国の町中に掲示されるほどなんです。夢の内容は、天変地異に関することよりむしろ、事故や事件に関するものが多く、実際に非常に正確な内容でした。ですから、多くの人は「メダー」の夢の話しを聞きたがったのです。

ある日、国境を接する隣国のネコ共和国が、公式にチベット高原のネコ王国に重要な提案をしてきました。隣国のネコ共和国はとても大きな国で、強大な軍隊を持っていましたので、無視するわけにはいきません。「どらにゃん3号」という、ネコが嫌う臭いのガスが詰まったミサイルが何百発も、チベット高原のネコ王国に向けられているのを、チベットのカラス偵察隊から知らされていたのです。

公式提案は、チベット高原のネコ王国にとって、不安な内容でした。チベット高原には「またたび」の群生する広大な土地があり、さらにきれいな湧き水がいたるところにあり、ネコの好む小魚も豊富にあるのですが、隣国のネコ共和国が、それらの貴重な資源を共同管理し、もっと効率的な生産をしようという提案なのです。でも、過去の隣国のネコ共和国の歴史からして、平和な共同管理のはずが、いつのまにか武力によって併合されるのではないか、という懸念を強く感じていたのです。チベット高原のネコ王国では、指導者たちが頭を痛め、どうしたらいいか議論を重ねましたが、なかなか名案が浮かびません。そこで、広く国民に意見を募ることにしました。多くの国民は、代々不思議な夢で危険を知らせてくれている「メダー」に頼んで、昼寝の時間を増やし、隣国のネコ共和国の提案に関する夢を見てもらおうと考えました。それまで、何百回となく、そして何十年にもわたって不思議な夢で民衆を導いてくれるネコだという評価が定着していたからです。もし「メダー」の見る夢が、隣国のネコ共和国の提案に肯定的な内容であれば、提案を受け入れようという空気ができあがりつつありました。チベット高原のネコ王国の指導者たちも、その考えに同意するようになりました。

ところが、こういうプロセスになるであろうことを、隣国のネコ共和国の支配者はずっと昔から予測していました。つまり、東欧のジプシーと生活していたネコたちを自国に連れてきて、特別な能力者に仕立て上げたのは、実は隣国のネコ共和国だったのです。何百年も流浪の身に甘んじ、定住することを許されなかった「メダー」の先祖は、チベット高原に定住の地と収入と食料を保証され、隣国のネコ共和国の意のままに動くことに同意しました。

「夢で見たことが実際に起こる」・・・それは当たり前なのです。不思議なネコ一族の能力を信じ込ませるために、あらかじめ夢の内容を「メダー」の先祖に知らせておき、発表したらすぐに、隣国のネコ共和国の手配のネコたちが、夢の内容とまったく同じ事件や事故を人為的に起こしていたのです。こうして何十年にもわたって、隣国のネコ共和国は「メダー」に対するチベットの国民の信頼を、絶対的なものにすることに成功しました。その頃合いを見計らって、公式提案をしたのです。国民の誰しもが、「メダー」の夢に判断を求めることをちゃんと計算していたのです。

ですから、隣国のネコ共和国の高官は、何度も極秘裏に「メダー」を訪れて、どういう夢を見たといえばいいか・・・を慎重にレクチャーしていました。近々、夢の内容を公に発表して、一気にチベット高原を支配しようという目論見だったのです。ここまでくればもう99.9999%は成功です。隣国のネコ共和国は自信満々でした。

ところで、この特殊な能力を持つとされる昼寝ネコ一族は、代々世襲制でその族長が決められ「メダー」と名乗ることが義務づけられていました。現在の「メダー」は初代から数えて七代目になります。代々の族長には、族長しか見ることのできない秘儀が記された「巻物」が伝えられていました。どのような訓練を積めば夢の予知能力が高まるかとか、天と地の摂理が書かれているらしいとの、噂でした。まことに神秘的なベールに包まれた不思議なネコ一族なのです。

さて、隣国のネコ共和国の高官から何度もレクチャーを受けた「メダー」の頭の中には、民衆に対して自分がどういう夢を見たと話せばいいのかが、完全にインプットされていました。いつでも話せるぞと、自信満々の状態でした。

いよいよその日が近づいてきました。明日は大会堂に全国の行政官が集まり、カラスや鳩たちも、夢の内容を全国に速報しようと待ちかまえていました。チベット高原のネコに化けてたくさんの公安ネコたちが、隣国のネコ共和国から紛れ込んでいました。万が一、思わぬ事態が発生したときのために備えているのです。すでに「メダー」の家族は隣国のネコ共和国の配下のネコたちの管理下に置かれています。もし、事前にレクチャーされたとおりに夢の内容を話さなかったら、「メダー」の家族は即刻処刑される運命にありました。

明日に備えて、「メダー」は先祖ゆかりの大平原に行き、大の字になりました。幾分緊張していたものの、やがて深い眠りに引き込まれました。当然のことですが「メダー」は夢を見たのです。夢には初代から第六代目の父親までが、ずら〜っと現れました。そして現在の「メダー」に対してなにやら助言をしたのです。

さて、散々前置きが長くなりましたが、実は、まことにあっけない結末だったんです。大会堂で大勢の同胞ネコを前にした「メダー」はこう言いました。

「同胞の皆さん。私は隣国のネコ共和国の提案に関する夢を見ました。その夢の内容について、皆さんに説明したいと思います・・・」
集まった全員も、隣国のネコ共和国から紛れ込んでいた公安ネコも、緊張の一瞬でした。「メダー」は、こう続けました。
「あっ、お話ししようと思ったのですが、なにか非常に眠くなってきました。これはきっと何か補足する夢を見なさいという意味なのだと思います。ちょっとだけ昼寝をさせてください」
そういうと、「メダー」は壇上でごろりと横になり、クウクウ居眠りを始めました。全員があっけにとられましたが、15分ぐらい経ったでしょうか。「メダー」はようやく目覚め、壇上に立って話し始めました。
「同胞の皆さん。私は隣国のネコ共和国の提案に関する追加の夢を見ました。その夢によれば、これは大変重要な提案なので、ちゃんとした夢を見なさいといわれる夢を見たんです・・・」
「メダー」は壇上でごろりと横になり、再びクウクウ居眠りを始めました。会堂ではざわめきが起こりました。隣国の公安ネコは様子がおかしいと判断し、本国に指示を仰ごうとハヤブサを飛ばしました。

さてその頃、隣国のネコ共和国では大変なことが起こっていました。膨大な数の地下ミサイル基地を作ってしまったものですから、住まいを奪われた天文学的な数のモグラたちが一斉に蜂起し、全国の「どらにゃん3号」ミサイルの周りをものすごい勢いで掘り始めていたのです。やがてミサイルが次々と倒壊してネコが嫌う臭いのガスが大量に漏れ出したからたまりません。隣国のネコ共和国全体がパニック状態になり、チベット平原の共同管理どころではなくなったのです。隣国のネコ共和国の関係者には緊急帰国命令が出され、囚われていた「メダー」の家族も無事に救出されました。

・・・やがて、偵察のカラス隊が戻ってきて、隣国でモグラが大反乱を起こし、「どらにゃん3号」ミサイルのガスが漏れて全土を覆う、悲劇的な状態だと告げました。

目覚めた「メダー」は、会堂に残っていたネコたちに言いました。
「昨日、大平原で昼寝をしていたら、代々の『メダー』が現れて、隣国のネコ共和国の提案に関する夢を見ても、決して話さないように言われました。会堂の壇上では、ただひたすら本分に徹して昼寝をするように。そうすれば、自然の摂理が大きな奇跡を起こすだろうから、その兆候が現れるまでは、何度でも昼寝をするように・・・これが大平原で見た夢の内容でした」
チベット平原のネコ王国は大歓声に包まれました。国民は、こぞって「メダー」を祖国の大英雄として表彰するよう歓喜の声を上げました。

そんな騒ぎをよそに、「メダー」は一族を連れて駅に行き、外国船が停泊している港に向かいました。国に残れば、代々の「メダー」と隣国の仕業を告白せざるを得なくなり、同胞に深い失望を与えてしまう。それよりは、たとえ美しい誤解であってもいいから、国を思う英雄が存在したという伝説を残した方がいいのではないだろうか。そう考えて、「メダー」はチベット高原を後にしたのです。

その船はどこ行きだったかって?川崎に到着して、そのネコたちは昼寝をしながら川崎市内に住んでいるかって?それはね、CIAでもモサドでも把握できない重要機密なんですよ。私は知ってますけどね。

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昼寝ネコの文章がグリーティング絵本になりました

グリーティング絵本のコミュニティーもできています(mixiです)
by hirune-neko | 2007-09-01 00:28 | 創作への道 | Comments(12)
Commented by 天然木 at 2007-09-01 06:26 x
私も最近「メダー」状態です。
眠くて眠くて・・昼寝できないけど昼寝したい・・
太古の昔からこういう預言者は必ず存在していました。
ネコの預言者までいたとは・・
Commented by やっぱりネコ at 2007-09-01 10:41 x
チベットは平原じゃなくて高原じゃなかったっけ
とか思いながら読み始めましたが、
読み進むうちに大草原チベットのメダーに夢中になり
(いったいこれはどうなるやら)とわくわくしました。

ただ寝ているだけのようでいて、メダーえらい!

やっぱり、ハッピーエンドが好きです。
Commented by うめ at 2007-09-01 12:01 x
「メダー」ってダメ?なのかどうかは別にして、深夜にblogを拝見して、コメント残したつもりだったのですが… いつの間にかメダー様の居眠りパワーにやられてしまいました。 昼寝しないと生きて行けない民族、ありそうですね。
Commented by hirune-neko at 2007-09-01 13:02
>天然木さん

そうですか・・・お気の毒ですが、
あなたは昼寝ネコ症状群感染者の
第一号かもしれませんね。
最近、やたらと甘いものが食べたっくなったりしませんか?
やたらに人に親切に、優しくなっていませんか?
そんな自覚症状があったら、あなたもとうとう
昼寝ネコの血を受け継いでしまったのです。
Commented by hirune-neko at 2007-09-01 13:07
>やっぱりネコさん

チベット高原でしたっけ?
数時間で即興の作業ですので、
あとから推敲しないと矛盾もあり、誤字もありです。
ご助言に従って、高原に直しておきました。
有難うございます。
う〜ん、やはりハッピーエンドがお好きですか?
フランス人からバカにされそうですが、
アメリカ人は喜ぶでしょうね。
まあ、あうまでも創作ですから、ハッピーエンドの方が
後味がいいかもしれませんね。
そういえば、フーテンの寅さんの映画を観ると、
ノスタルジックで独特の世界があり、
いいですね。
Commented by hirune-neko at 2007-09-01 13:09
>うめさん

あらら、眠くなってしまいましたか?
催眠効果があるという報告はありませんので、
もしかしたら、うめさんのご先祖に昼寝ネコがいらっしゃるのでは?
メダーの名前については、ネコ広辞苑に出ていますので、
以下に引用します。
【「メダー」の語源は英語で、アナグラムで作りました。
文字の並べ替えです。 「夢」のDREAMを並べ替えて、
MEDAR・・・メダーのできあがり。】
Commented by バオバブ at 2007-09-01 17:08 x
「夢」のDREAMを並べ替えて、MEDAR・・・メダーのできあがり。

『ぱちぱち!』
にゃぁ~~~んだ、そっかぁ~いにゃぁ~ん・・・
また座布団3枚あげましょうね!

何だかいちど聞いたら忘れられない言葉なので、
にゃんこ先生ってば、凄いなぁ~と思っておりましたのに、
う~~~~~む、さすがです。
尊敬申し上げます!


Commented by hirune-neko at 2007-09-01 17:21
>バオバブさん

座布団3枚?ありがとうございます。
チベットは行ったことがありません。
ひたすら昼寝をしています。
Commented by romari n at 2007-09-01 21:27 x
面白いお話ありがとう。
ところでメダーの夢が現実になる話と、いただいたメッセージのお話とつながるのでしょうか?それだと面白いですね。うん、すごく面白い・・・・
Commented by hirune-neko at 2007-09-01 22:18
>romarinさん

私も生まれが北海道なんですよ。
ご主人は、野平一郎さんと協演されているようですが、
かつて我が家のコンサートに一度、出演していただいています。
独奏ではなく、どなたかの伴奏だったように思います。
そんなこんなで、いつかご主人にお会いできるような
予感がしています。予感はあくまでも予感ですが・・・。
Commented by romarin at 2007-09-02 07:03 x
北海道のどちらの御出身ですか?
野平さんは私たちの同級生です。(主人とわたしも同級生と
言う事ですが)
彼も昼寝ネコさんのところで演奏!
今度彼に聞いてみます。親しくしていますので。

主人のブログ及びHPも見てくださったありがとうございました。
きっといつかお会いできると思いますよ。
Commented by hirune-neko at 2007-09-02 17:37
>romarinさん

思い出せる範囲で、コンサートに関する情報は
あとでメッセージでお送りします。
私は生まれてから18歳まで北海道にいました。
幌別(現在は登別)→中・高が室蘭です。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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