昼寝ネコの雑記帳

皇帝陛下の恋愛家庭教師

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  (画・いつもカトリ〜ヌ・笠井さん)
その昔、中世ヨーロッパの貴族社会では、身分の高貴な方々が「恋愛家庭教師」を雇うのは公然の秘密でした。そりゃそうです。まちなかでの恋愛は、好きな人同士が恋に落ちて結婚するのが一番自然ですし、誰からも祝福されるわけですから、そんな庶民の皆さんには「恋愛家庭教師」なぞ必要なかったんです。でも、高貴な身分の階層には、それはそれは複雑な「しがらみ」と「しきたり」がありました。また各国の王族間には領地拡張や覇権争いがありましたので、政略結婚によって勢力を維持しようとしたり、一族の保身を図ったり。つまり、結婚は少しでも優位な状況を作るための、いわばゲームのようなものでした。しかし、特に若い女性の場合は嫁ぎ先の領地の広さや財力とか兵力にはなんの関心もなく、ただひたすら白馬に乗った王子様が現れるのを夢に見ているのでした。ですから、いかに親が勧める縁談であっても、自分自身に嘘はつけません。生理的にいやだとか、感性が合わないとか・・・そりゃあそうでしょう、大事なことですから。でも、親からすれば大事な娘が・・・政略結婚のために大事なという意味ですが・・・詩人や音楽家や画家や・・・よくある話しですが、芸術的感性に傾倒して深い恋愛感情を抱いてしまい、下手に反対でもしようものなら駆け落ちをするかもしれないし、死をもって抗議するかもしれない。そうなっては元も子もないわけです。ですから、有能で腕のいい「恋愛家庭教師」が重宝されたわけです。

結論を先に申し上げましょう。私は永年にわたり、有能で腕のいい「恋愛家庭教師」として欧州の貴族社会では高給で召し抱えられていました。ところが、非常に重要な局面で、つまりある国の皇帝陛下と別の国の若き王女様を、なんとか結ばせるべく、皇帝陛下の家庭教師として恋愛の手ほどきをしている最中に、なんと相手の王女様の母親に、この私が真剣に恋をしてしまったのです。つまり、皇帝陛下のご意向より、王女様の母親の意向に与してしまったのです。母親として、命に代えても娘には幸せな結婚生活を送らせたい。そう懇願する彼女の母性愛に打たれ、また彼女の気高さ、気品、知性、笑顔、ウィット、容姿、美しい手描き文字、生命感あふれる絵の才能、魂のこもった言葉でつづられる詩・・・何もかもが私にとっては魅力的に感じられたのです。虚々実々の世界にうんざりしていた私は、一度ぐらい人間的な真実に基づいた「善行」をしようと思ったわけです。でも私もプロですから、最善の努力をしましたが皇帝陛下の気に病んでおられる、ご自分の唯一の性癖には、どうしても我慢できないといわれた・・・ことにして、一応はなんとか無事に切り抜けたんです。わが家庭教師史上、初めての敗北。でも、心地よい敗北でした。いえ、私にとっては誇らしく思える敗北でした。

やがて数ヶ月後、私のもとにうやうやしい招待状が届きました。あの王女様が結婚されるので、披露宴には是非お越しいただきたいと、王女様の母親から直々に招待を受けたのです。春が、夏と秋と冬を通り越して、すぐまた春になったような、不思議な想いでした。少なくとも私は、冷静沈着な恋愛学者として、女性に心動かされることなく、平穏無事に人生を生きてきました。でもまあ、十分実績を積んだことだし、それはそれとして、何か予想外の展開になったとしても、それも人生なんだ・・・と訳の分からない事前のいい訳をする自分が恥ずかしく思いました。

さて結婚式当日、謁見の間に通されて王女様の母親を待つこと30分あまり、ようやく侍従長の声がかかりました。
「女王様がおいでになられます。頭をお下げください」
「はっ、はい」
床に敷き詰められた絨毯の模様を見つめる私の前方で、ドレスの生地の擦れ合う音が聞こえました。どうやら謁見の椅子に座られたようであり、ようやく侍従長から頭を上げるよう声がかかりました。微笑みかけてもいいんだろうか。それともしかめっ面の方がいいんだろうか・・・結論が出ないまま、懐かしい母親の顔を視界に捉えました。懐かしい母親・・・ん???誰じゃこれは?
「そなたが、かの高名な、欧州随一と評判の高い、マエストロですか?」
「は???」
「いえ、驚かれたのも無理はありません。私が王女の母なのです。そなたが会われた・・・王女に同行して何度も会われた母親は、あれは実は私の替え玉だったのです。娘の幸せな結婚を願うあまり、皇帝陛下にはなんとか諦めていただこうと考え、そなたと同業の『恋愛家庭教師』を、私も雇ったのです。皇帝陛下の意に逆らって円満に破談にもっていくのは、私には荷の重いことでした。ですから、知恵と胆力のある『恋愛家庭教師』を雇い、結果的にはプロであるそなたをあざむくことになってしまいましたが、虚々実々の世界ですからお許しいただけるでしょうね」
「・・・・・・」
私は言葉を失っていました。非礼を承知で、赤恥をかかされたその場から逃げ出したい気持ちでした。
「こちらは、私の姪のカトリ〜ヌです」
「・・・・・・」
いつの間にか、女王様の隣にはあでやかに着飾った、気品ある女性が立っていました。こうやって次々と親族に紹介し、「これが、私の雇った家庭教師にまんまとだまされた、あの間抜けなマエストロなんですよ」といいたいのだろう、と考えました。今まで血圧なんて気にしたこともなかったし、脳梗塞なんて疑ったこともありません。でも、全身の臓器がいっぺんに数十年老化してしまったような気がしました。ああ、これで正真正銘、自分の経歴が閉ざされてしまう。・・・ごく短時間の間に、どれだけ悲観的なことを思いめぐらせたでしょうか。
「マエストロ・・・マエストロ」
何度か呼ばれたような気がします。少しは平常心に戻りつつあるような気がしました。
「あなたのご理解とご親切のおかげで、王女は・・・私の従姉妹は今日という幸せな日を迎えることができました。改めてお礼を申し上げます」
女王様の姪という女性がなおも話し続けているんです。
「あなたほどのプロフェッショナルが、私の芝居を見逃すはずがありません。女性の・・・人間の本当の幸せを、本当は大事に考えてくれている方なのだと、良く理解することができました。その後のお仕事に支障が出ていないか、ずっと心を痛めていたのですが、こうしてお元気そうなお姿をまた拝見させていただき・・・」
ん?また拝見???あり得ないこととは思ったのですが、私は思い切って視線を上げ、女王様の姪なる女性を直視しました。目と目が合った瞬間、彼女は優しく微笑みました。
「あなたが、王女様の母親を演じたとおっしゃるんですか?女王様に雇われ、王女様の母親になりすまして皇帝陛下の意に逆らい、破談に導いた『恋愛家庭教師』・・・なのですか?」
私には別人のように見えました・・・いい意味でです。
「ほほほ・・・私に見覚えがないとおっしゃるんですか?無理もありません。少しばかり特殊メークを施し、母親らしい年齢の女性に変身していましたから。それより、家庭教師というのは女王様のご冗談です。依頼を受けて母親役のお手伝いはしましたが、本業は王立芸術アカデミーの理事長をしています。身分を偽ってあなたをあざむき、とても申し訳なく思っています。」
全身から力が抜けたままの状態で、かろうじて披露宴の最後まで椅子にとどまっていることができました。

どうですか?何が恋愛家庭教師なものですか。マエストロだなんてとんでもない。たまたま自分が恋愛恐怖症で、容姿にも自信がなかったので、冷静沈着に状況を分析して助言することができただけの話しですよ。・・・でもね、披露宴の後、彼女が疲れた私を見かねて馬車で送ってくれたんです。罪悪感を覚えたのでしょう。もちろんずっと同乗してくれて・・・私の住まいにつく頃にはすっかり打ち解けたんです、私たち。ついには再会を約束し、再会の時には彼女から、王立芸術アカデミーを一緒に手伝って欲しいといわれ・・・断るわけがないでしょう?で、ついには身分の違いを乗り越えて、お互いに恋愛家庭教師を雇うことなく、皇帝ご夫妻のお許しも得て・・・もうずっと昔の、良き思い出になってしまいました。

今では私の妻となった彼女も、私たちの娘もゴキブリに弱いんですよ。さっきからお風呂場にゴキブリがいるといって大騒ぎしています。私は相変わらずのロマンチストで、こうやって随想録を、言葉を吟味して書いているというのに・・・またゴキブリ騒ぎで駆り出され、たびたび中断状態なんです。

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by hirune-neko | 2007-08-29 23:47 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by 天然木 at 2007-08-30 06:42 x
 早朝に読ませていただいたからか・・難解なんですが・・。

女王と王女と家庭教師と影武者?・・すみません力不足で。
Commented by hirune-neko at 2007-08-30 12:47
>天然木さん
うぐぐ・・・難解でしたか?
それは申し訳なかったです。
難解なものは、何回読んでも難解なのでしょうか?
ブログで公開するミニストーリーは、いうなれば
ぶっつけ本番の即興演奏みたいなものですから、
自分の頭の中に浮かんだイメージと、実際に文章にしたものとが
かけ離れないように気をつけているつもりです。
ですから、難解と感じられたのであれば、それは私の
筆力の足りなさのせいですので、さらに工夫努力をいたします。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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