昼寝ネコの雑記帳

真夏の深夜の焦り夢

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誰でも自分の人生を振り返ってみたら、思い出したくないことの十や二十はあるものだよ。ボクはね、もっと多いよ。思い出したくないというよりさ、忘れたいことが多いんだよ。自分の人生を全否定するわけではないんだけど、眠りにつく前の楽しみって長い間、ずっと昔に戻って人生を生き直している自分を想像することだったんだよ。あれこれ現実に反することを想像してね。誇れるものがあったり、周りから尊敬されたり羨ましがられたり、追われることもなく、人目を気にすることもなく・・・そんな自分を想像することがせめてもの楽しみだったんだよ。ボクは、そんな性格が顔に表れているし、毛並みも良くなくて色も悪いし、鳴き声だってひび割れているし、えさの食べ方だってがっついてるし、まともに相手の目を見てものを言えないし、運動神経も鈍くて音感も悪いし、走るのも遅くてネズミを捕まえられずバカにされるし、色盲で難聴気味だし、おまけに人の前に出ると多汗症と赤面症が出てしまうし、ちょっとした仕事を与えられても集中力が持続しないし、周りはすぐに視線をそらしてしまう・・・ああ、ボクみたいなネコはどうやって生きていけばいいんだろう。

深夜、目が覚めるとずっと昔の過ぎ去ったいやな光景が、夢に現れていたのを覚えているんだ。いつだって、ボクはいてもいなくてもいい・・・いや、いない方がいい存在なんだから。

大きな門に立派な自動車が入ろうとしている・・・運転手付きの車で学校から帰ってきた女の子。白い清潔な洋服を着て、髪の毛には赤い大きなリボン。その子が道路脇で人目を避けていたボクを目にしたんだ。そして叫ぶ。「ちょっと車を止めて!あのネコを家に連れてって!」ふん、いつも血統書つきで毛並みのいい外国産のネコばかり見ているから、ボクみたいなヘナチョコリンが珍しいんだろう。おいおい、白い手袋をはめた運転手がこっちに来るよ。どうすりゃいいんだ。逃げたくたって腹ぺこで動けやしない。

結局ボクは、広大な敷地のその屋敷に連れて行かれた。玄関に入ると、何人もの出迎えがあったが、みんなボクを目にした途端凍り付いてしまったさ。「お嬢様、お止めください!」という必死な制止の声を無視して、お嬢様は自分のバスタブにお湯を入れ始めたんだ。いやあ、恥ずかしかったなあ。お風呂なんて生まれてこの方入った記憶がないし、すぐにお湯が汚れていく・・・。でも抵抗する気力も体力もなくて、気まずい思いだったんだよ。

分不相応な分厚い白いバスローブにくるまって、ありあわせの「人間用の贅沢な食事」を十分いただいたものだから、本当は眠くなるところなのに緊張して眠れない。お嬢様はじっとボクをみつめ口を開いた。小さい頃から敏感だったお嬢様は、使用人たちのヒソヒソ話を聞いてしまった。どうやら自分の病気のことを話しているらしい。夏に富士山の途中まで車で行ったためなのだろうか。それで「富士の病」になったんだ、きっと。しばらく経って、それは「富士の病」ではなく、「不治の病」だと知ってしまった。

お嬢様は、おそらく級友や使用人たちに対して心を開いていないのだろう。不必要なことは一切話さず、気を許していないように見えた。その分、浮浪者のようなボクには徐々に饒舌になっていった。

月日が流れた。お嬢様はボクを離さなかった。ボクがたまに外に出ると、近所のネコたちの羨望の視線を集めた。「あのお屋敷でお嬢様に大事にされているネコ様だ」という視線なのだ。確かに楽をさせてもらっている。他ネコの縄張りを侵害して、生きるために必死でエサを探さなくていい。でも、おそらくはこの生活がそんなに長く続くとは思えなかった。

案の定、肌寒くなり始めた今年の秋に、お嬢様の病状が悪化した。もう学校どころではなくなり、部屋で過ごすことが多くなった。名医が看護師を従えて、ほとんど毎日往診に来てくれた。ときどき検査のために大きな病院に通うこともあった。両親は、あらゆる民間療法を試み、スイスやドイツ、フランス、イギリス、アメリカの著名な病院にも相談したようだ。

でも、お嬢様はボクを話し相手に、ずいぶんたくさんのことを語ってくれた。ボクにはすっかり気を許し、思った通りのことを話してくれた。ボクもお嬢様だけには、ちゃんと目を見て話すことができた。「あなたは私の言ってることが、ちゃんと理解できてるようね」と、何度も嬉しそうに言っていた。ボクは、こんなに必要とされたのは初めてだったし、ましてや独立した人格として尊重されたのも初めてだった。お嬢様は明らかに肌の色が輝きを失い、手も骨張ってきた。息も荒くなり、心臓も弱まっているらしかった。

ある夜、お屋敷の中が急に慌ただしくなった。お嬢様の容態が急変したのだ。いつもの医師と看護師が駆けつけた。お嬢様の寝室はすでにちょっとしたクリニックのように、さまざまな医療機器で埋まっていた。ひととおりの検査を終えた医師は、別室で両親と深刻な表情で話し合っていた。どうやら今夜が山場で、見通しは非常に厳しく、覚悟はしてくださいと伝えていた。両親はあらゆる方法で、優秀な専門医に相談し、できることはすべてやり尽くしていた。それだけお嬢様のことを大事にしていた。

窓からは、クリスマスのイルミネーションやリースがきれいに飾り付けられた玄関が、何カ所も見えた。ボクは遠い空を見上げ、何とも言えない気持ちだった。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教、ロシア正教それと仏教に神道・・・周りのネコたちはいろいろな宗教的環境で飼われていた。でもボクは、考えてみたら無宗教みたいなものだ。祈ったこともないし求めたこともない。お嬢様はボクにはとても優しかった。人からこんなに大事にされて、しかも必要とされたことはなかった。

気がついたらボクは自然な気持ちで、天に向かって心に思い浮かぶことを伝えていた。
「ボクは今まで、幸せだと思ったことは一度もありません。でも、今はこんなに幸せです。お嬢様はとてもいい方で・・・それなのに病気に負けてしまいます。ボクはもう、これ以上のことは望みません。アッラーの神か天のお父様、イエス様でも仏様でも誰でもいいです。もしボクの声が聞こえていたら、ボクの命と引き換えにお嬢様を救ってあげてください。祈りの仕方を知らないし、誰に祈っていいのかも分かりません。でも、ボクの最初で最後のお願いです。お嬢様を助けて、ボクの人生をこのまま終わらせてください。」

同じことを何度も繰り返していたのかもしれない。気がついたら窓の外が明るくなりかけていた。泊まり込んでいた看護師が、お嬢様の脈をとった。慌てて部屋を出ると、電話する声が聞こえた。

間もなく両親に見守られているお嬢様のところに、医師が入ってきた。手早く聴診器を取り出し、瞳孔を調べ、脈をとった。「一体何が起きたんでしょう」、と驚いた医師は言った。あれほど衰弱していた脈がしっかりし、血圧も正常値に入り、お嬢様は奇跡的に快復し出したのだ。ああ、よかった。ボクは本当に嬉しかった。お嬢様は目を開いて何か言っているようだ。みんながボクの方を見ている。ボクは本当に嬉しかった。でも、視界が暗くなり始め、お嬢様がボクの方に手を差し伸べているのが見えたと思ったが、もう何も感じなくなってしまった。

思い出したくないことだらけの人生だったけど、お嬢様のことは決して忘れたくない。こうしてお嬢様を助けてくださった不思議な力のことも、いつまでも心に残しておきたい。ん?でもこれってもしかして、いつものように想像をしながら寝ぼけているだけなのだろうか・・・?


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by hirune-neko | 2007-08-01 23:51 | 心の中のできごと | Comments(8)
Commented by ケ・セラ・・ソラ at 2007-08-02 05:35 x
 うぐぐぐ・・、泣けますね。ご自分も泣けたでしょ?

こういうお話を読み聞かせたいですね・・子供たちに。
Commented by hirune-neko at 2007-08-02 09:50
>ケ・セラ・・ソラさん

おお、泣いてくれて有難うございます。
そうなんですよ。大体のシーンを思い浮かべただけで
このての作品には書きながら涙が出てしまいます。
それにしても、相変わらず朝が早いですね。
Commented by やっぱりネコ at 2007-08-02 11:20 x
このお話、とてもいいですね。
イラストもよくマッチし
昼寝ネコさんの筆もさえわたり。

やっぱりネコですね。

Commented by hirune-neko at 2007-08-02 14:02
>やっぱりネコさん

有難うございます。
うるさい方におほめいただくのが、
何より嬉しいです。
お言葉を張り合いにして、書き続けます。
Commented by バオバブ at 2007-08-02 22:55 x
昔、海辺のベンチで一匹の猫と出会った事があります。毛並みぼろぼろの彼はどうやら捨て猫らしくその眼差しもどこか寂し気でうつろ。『家に来るかい』と聞いた所『うにゃぁ〜ん』と答えたので、そのまま抱きかかえ連れて帰ったのありました。それからお風呂に入れ猫まんまを食べさせ『これで君も大丈夫ここにずっと居ていいからね』...と頭をひと撫でしたのも束の間、ふら〜と再び姿を消したのです。暫くあちらこちらを探した結果、彼はもとの海のベンチに居たのです。それを何度も繰り返したので不思議に思ったわたしは海の家の方に事情を聞きました。何でも数日前に彼の飼い主は車で立ち寄りそのまま彼を捨てて姿を消したらしいのです。それからというもの彼はこの場所から離れようとしないらしいのです。きっと御主人が迎えに来る事を信じていたのかも知れません。
短い休暇の出来事だったので彼のその後は分かりませんが、きっと海の家の方に御飯だけはもらって生き延びていると信じています。あの時の彼の眼差しは、ぼんやり空を見つめていたように思われ、こころの中で必死に祈っていたのかもしれません。
にゃんとも悲しいお話で、思い出したら涙。思いでぽろぽろでございます。
Commented by hirune-neko at 2007-08-02 23:07
>バオバブさん

そんなことがあったんですか。
最近はネコより人間の方がドライなんでしょうね。
よく、犬は忠犬といわれますが、ネコだって
飼い主の帰宅を外で待っていることがありますよ。
結局、動物の方が人間より信義に篤い
ということなんでしょうね。
Commented by うめ at 2007-08-03 19:26 x
我が家の庭に入ってくるいつもの野良猫ちゃんが、今日は可愛く見えてしまいましたよ。 明日は話しかけてみようかしら…
Commented by hirune-neko at 2007-08-03 21:57
>うめさん

そうですよ。是非話しかけてあげてください。
人相の悪いネコでも、生い立ちのせいで
良く話を聞いてあげれば、
そんなに悪いネコなんていませんよ。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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