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昼寝ネコの雑記帳

パリの思い出

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マイミクである先斗町さんが「昼寝ネコの雑記帳」を、mixiで紹介くださったため、先斗町さんのマイミクさんのwaiwaiさんがわざわざ拙著を購入してくださり、ご自分のブログで感想を紹介してくださったのはすでに述べた。(7月17日、「昼寝ネコの雑記帳」への読後コメントです)

そうこうするうちに、mixiで拙著をご紹介くださったPu-chaさんの日記をご覧になり、Pu-chaさんマイミクさんであるromarinさんがコメントを残してくださった。その足跡を辿ると在仏30年になる方で、演奏家のようだ。ご自分で、フランス生活のエピソードをブログで紹介されていて、最近の数編を読むうちにパリで仕事をしていたときの情景がいくつも甦ってきた。

初めてパリを訪れたのは、ツアーの一員としてだった。当時親戚が開いていた洋菓子屋が浅草にあり、日本橋三越本店にも出店していた。店主の急逝に伴い、手伝いを要請されていたのだが、ちょうど一年後に食品部長が来店され「退店」、つまり売り場から出てくれという要請があり、急遽デパートも担当することになった。洋菓子の素人が、商品開発まですることになったわけだ。もともと団体旅行があまり好きではないのだが、ちょうど三越食品仕入部主催の欧州食品市場視察ツアーがあり、お付き合いで参加することになった。

シャルル・ド・ゴール空港からバスでホテルへ向かう途中、遙か彼方のモンマルトルの丘に見えたのが、白いサクレ・クール寺院。当時の私はシャルル・アズナブールに心酔しており、「モンマルトルのアパルトマンの窓辺に開く、リラの花も今は枯れて・・・」という訳詞の「ラ・ボエーム」は、何度も何度も聴いていた。だから、薄もやにかすむサクレ・クール寺院を目にしたときは、感動ものだった。翌日の自由時間に、独りでモンマルトルの丘を目指した。行ってみると・・・旧い記憶なので、不確かな部分もあると思うが・・・丘のふもとにはムーラン・ルージュがあり、卑猥そうな店が立ち並び、おまけに昼間なのに街娼の皆さんが客待ちしていいる。ああ、こんなところだったんだと、正直いうとたいそう落胆したものだ。

やがて仕事で洋書を扱うようになったため、パリの大手出版社や取次会社を何度も訪問するようになり、ついにはパリ郊外のラ・デフォンスに小さな事務所を開いて新規の事業を立ち上げることになった。今にして思えば、amazon.comと真っ向から競合するようなサービスを始めたことになり、二年で撤退したが正しい選択だったと思う。
ラ・デフォンスはパリの副都心といわれ、アメリカ中西部の古い町かと思うぐらい、パリらしくないオフィスビルやマンションが建っている。仕事を手伝ってくれたのは、赤ちゃんが生まれたばかりの新婚夫婦。ご主人は、後で判ったのだがフランス領・ニューカレドニアのひとつの島の王様の息子・・・つまり王子様だった。「ヘ?あんた王子様?」と訊くと「ウィ」とにこやかに答えてくれた。彼の妹とその友だち、弟が始終来訪し、「現地」の料理を用意してくれた。奥さんが、出産後も出血が止まらなかったため、身内が総出で来てくれたようだ。
奥さんはブルターニュの出身でソルボンヌを卒業したジャーナリスト。出産後は生計のために経済新聞のレポーターとして電話取材の毎日だった。2LDKのアパートで彼らと同居し、新規事業はスタートした。

数ヶ月間滞在したが、連日「オフィス・デポ」のような文房具屋さん、コンピュータ・ショップを回り、ファックスやコピーなどのOA機器を、少しでも安く買おうと探し回った。理由は聞かなかったが、彼が運転免許を失効しており、助手席に座って「ドロヮ、ゴーシュ」というように道案内をするだけ。私は仕方なく運転手を務めたわけだが、なんと化石のように旧式のシトロエンだった。一応オートマチックだったが、チェンジレバーなんて見たこともないようなヘンテコな代物で、でもまあアクセルを踏み込めば加速するしブレーキを踏めば止まりはするから文句はいえなかった。パリ市街地の信号はさすがに作品のようで見た目はいい。しかし、日本やアメリカの、見やすい位置にある信号に慣れきった私は、何度か赤信号を見落としてそのまま突っ切ってしまった。その都度助手席の彼は、大声を上げた。

まああれこれ話すと長くなって書ききれないが、結局滞在中の数ヶ月の間、まったく観光旅行などする余裕がなく、せいぜいの楽しみといえばアパートから徒歩圏内の小さな食料品店に行って、食べたいものを・・・パンやチーズ、果物を・・・買うことぐらいだった。ニューカレドニア料理はなぜかいつも、チキンと野菜の煮込み料理と決まっていた。徐々に食欲が失せたのもしかたがないと思う。日本は世界で一番、いろいろな料理が食べられると聞いたことがあるが、本当にそうだと思う。

在仏30年のそのromarinさんは、数日後に来日し何カ所かで演奏活動をされるという。Pu-chaさんの表現によれば、とても素敵な女性だそうだ。そうなんだろうと思う。確かにパリジェンヌは自分を魅力的に見せる技に長けているように思う。そんな中で30年も「競合」してこられた方であれば、洗練された美しさを湛えていらっしゃるのだろうと想像している。

仕事上ではそれなりに辛酸をなめたが、話すと長くなるし退屈な内容だと思うので、いずれまた気が向いたら書くことにする。

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昼寝ネコの文章がグリーティング絵本になりました

グリーティング絵本のコミュニティーもできています(mixiです)
by hirune-neko | 2007-07-21 02:13 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)
Commented by 天然木 at 2007-07-21 03:23 x
 私も20数年前パリの石畳を歩きました。とにかく歩きづらかった。
パリジェンヌはどこ?どこ?妙に地味な印象がありました。でも、写真に残っている風景はまさに「巴里」でした。
昼寝ネコさん、パリの思い出、楽しく読ませていただきましたよ。
Commented by やっぱりネコ at 2007-07-21 17:50 x
面白く読みました。
おばさんネコとしては、
こういう具体的なエピソードが
話が見えて助かります。

仕事で辛酸をなめたお話も
そのうち書いてくださいまし。
Commented by hirune-neko at 2007-07-21 18:29
>天然木さん

パリの思い出といっても私には、三つ星レストランを
何カ所回ったとか、どんな高級ホテルに泊まったとか
・・・それらは無縁の世界で、いつだって仕事に絡んだ
思い出ばかりです。ごく普通の日常生活に入り込み
言葉で不自由な思いをし、電車の切符の買い方が分からず
ましてやバスなんて使いこなせない・・・不器用な住人です。
でもまた行きたいですね。
Commented by hirune-neko at 2007-07-21 18:31
>やっぱりネコさん

面白かったですか?有難うございます。
なによりの励ましです。
仕事で辛酸をなめたお話は
私にとっては、それなりに生々しいので
もう少し発酵したら書かせていただきます。
<< 私家版創作小説「車椅子のバレリ... 音楽は、やっぱりいいですね >>



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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