昼寝ネコの雑記帳

歌うとき、眼に映るものは

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一昨日のコンサートは渋谷近くの「青い部屋」だった。作家の戸川昌子さんがオーナーで、地下にシャンソニエ風のバーがある。空調ダクトがむき出しの青壁の部屋で、一番奥にステージがあり、グランドピアノがある。

1部と2部の2ステージで、知人はいずれもトップバッター。もともとクラシックの声楽家で、選曲はカンツォーネに焦点を当てていた。その後は二人の女性で、シャンソン、ブラジリアン、歌曲などを歌い、最後に戸川昌子さんが登場。

ふと思った。ヴォーカリストの方は、歌うとき自分の眼に何が見えるのだろうか。目の前の聴衆の顔を眺めていたのでは、イメージがふくらまず感情も移入できないだろう。しかし、数十人の聴衆を前にして緊張感を払拭し、自分だけの世界に没入するには、やはり相当数の場数を踏まなければ難しいのではないだろうか。

戸川さん一部の最後の曲はシャンソンで「人生哲学」という作品。ベッドの中で他の女性の名前を呼んでしまったときはどうするか。さあどうする・・・と、運悪く一番前列に座ってしまった私に迫ってくる。平気で曲を中断して、おしゃべりし、そして突然また曲に戻る。ピアニストは、よほど慣れていないと、戸惑うだろうな、というステージだった。途中で、次の曲はなんだっけ?と伴奏者に訊くのもご愛嬌だった。
2部の戸川さんは、ご自身の作詞になる「お貞・恨み節」という、阿部貞をモチーフにした壮絶なシーンを明るく歌う。小林亜星さんの作曲だそうだ。で、アズナブールを3曲歌いますとおっしゃったにもかかわらず、2曲でフィナーレ。挨拶の途中で1曲歌い忘れたのを思い出し、カーテンコールで後ろに並ぶ他の出演者を従えて、堂々と最後の1曲を歌った。
アズナブールの「ラ・ボエーム」が歌われ、涙腺が弛んでしまった。

で、標題に戻るが、戸川さんは歌っている最中、数々の・・・数え切れないエピソードをふくらませて、文字通り「歌は語れ」を地でいっている。ステージを観ていて、越路吹雪、淡谷のり子、深緑夏代のお三方がダブった。歌心のある、存在感のあるステージだった。

そうそう、この画もカトリ〜ヌ・笠井さんが描いてくれたもので、出版準備中の「昼寝ネコの雑記帳」には使用しないことになったのだが・・・線画ではなく色鉛筆で描いてくれた方に統一することにしたため・・・もったいないと思い、紹介させていただく。
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by hirune-neko | 2007-02-21 11:51 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)
Commented by バオバブ at 2007-02-21 13:49 x
先日、戦場のアリアという映画を観ました。
フランス、ドイツ、イギリス国の戦時中のクリスマスに、
ドイツのテノ〜ル歌手(兵士)が敵国の前でオペラを唄うのです。
雪の降る戦火での、それはそれは感動する一場面でした。
素晴らしいオペラの曲に酔いしれ、
やがて身もこころも疲れ果てた兵士達に暫し笑みがこぼれ涙が溢れるのです。
愛する人、家族のこと、何の為の戦争かと...
そんな感情をそれぞれ思い出させるのです。
地獄のような現実から解き放されたその場所で、
神からの贈り物のような時間を過ごす兵士達の、
音楽によっていろんな想いを馳せるその時を想像すると、
じ〜んときてしまいました。
このぼ〜としてる平和の向こう側には、今も何処かで厳しい現実があるんだなぁ〜と、ふとそう思ったのでした。

歌は語れ...
音楽っていうものは、
それぞれのこころの奥底の重要な部分に根をはり、
忘れかけていた時間を呼び起こし、
愛する人や、その時の季節なんかもちゃんと思い出させてくれるものなんですよね。
走馬灯のようにくるくる〜と!
音楽ってやはり『ぶらぼ〜です。』

でもそう思う自分は、お、ん、ちだぁ〜〜〜〜!(ちっ)










Commented by ケ・セラ・セラ at 2007-02-21 14:55 x
ベッドの中で他の男性の名前を呼んでしまったら・・
そうですね・・私だったら「オウムの太郎が自分の名を呼んだのよ」
と言いましょうかね・・
Commented by hirune-neko at 2007-02-21 16:19
>バオバブさん

そんな映画があるんですね。この半年、映画は1本だけです。
いい作品はたくさんあるんでしょうけど。
音楽は理屈ではなくて、何かを伝えてくるものなんでしょうね。
受け手にも、それなりの感性が必要だと思いますが、
音痴は関係ないと思いますよ。いい映画といい音楽を
たくさん味わってください。
Commented by hirune-neko at 2007-02-21 16:24
>ケ・セラ・セラさん

実際にオウムが部屋の中にいたら、
そういう言い訳もありかもしれませんね。
でも、犬しかいなかったらどうしますか?
ときどき、前の飼い主の名前を呼ぶんですよって?
フランソワ・トリュフォー監督の「隣の女」を思い出しました。
ちょうど、そのままのシーンがあるんですよ。

でも、アズナブールがピアフの元彼だったって知ってましたか?
へえ、という感じで聞いてました。あまりに強い女性だったので、
友人を紹介して、自分は逃げたそうです。
ですから、曲想に暗い歌が多いんでしょうか。
それと、妙に昔を懐かしんだり。
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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