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昼寝ネコの雑記帳

少しだが、全体像が見えてきた


Sarah Vaughan: Autumn In New York
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 少し楽になったが、ちょっと前までは疲労の極致だった。

 過日、編集経験が豊富な知人からの情報で、日本の大手出版社は海外の出版社と、翻訳出版の取引をしていると教えてもらった。

 そのときに名前が挙がったある大手老舗出版社に電話してみた。まことに図々しいお願いだが、と前置きし、海外出版社との取引の概況を教えていただきたい、とお願いしてみた。

 電話に出た方は、親切に様子を教えてくれた。

 どこの出版社も、エージェントを使っており、直接海外の出版社と交渉しているわけではない、と教えてくれた。一瞬、エージェントというのは、海外のそれぞれの国のエージェントだと思ったのだが、2社のエージェントの名前を口にしたのを聞いて、ああ、日本の企業だと思い出した。

 これまでに一切の取引は無いのだが、名の通った海外出版の仲介会社である。そのエージェントに電話して訊くことを勧められた。

 即座にインターネットで検索し、それぞれのサイトをざっと閲覧したが、海外の著名な著者の版権を日本の出版社に紹介し、日本語の出版を勧めるのが主要な業務のようだ。

 図々しさを発揮し、2社両方に電話した。

 弊社は、日本の出版物を海外の出版社に売り込みたいと考えている、とストレートに伝えてみた。どのような決済の流れで、エージェとしての報酬はどのような計算をするか、というおおよその仕組みは理解した。

 経験豊富な企業なので、全面的にお願いすれば、海外出版社との面倒な交渉をしなくて済む、という考えもあると思う。

 しかし逆に、独自にインターナショナルなネットワーク構築ができないものだろうかと、別の選択肢に関心が強まった。

 久しぶりに海外の情景をイメージしたせいか、そういえばニューヨーク・セントラルパークで、不思議な猫に出会った経験をブログに書いたような気がした。いくつかのキーワードで検索したが見つからなかったが、なんとか見つけた。

 どんなストーリーだったか思い出せなかったので読んでみた。そして改めて、自分の短編作品を書く動機の原点が、そこにあると感じた。

 少々長くなってしまうが、2011年当時の作品を、そのまま以下に紹介させていただく。退屈されるかもしれないが、私にとっては自分自身の原点を再発見したような、新鮮な嬉しさだった。

少しだが、全体像が見えてきた_c0115242_01242485.jpg

【ネコから届いた絵本】

 あなたはご存じないかもしれませんが、ニューヨークにはネコが書いた絵本を発行している出版社があるんですよ。それも、大手出版社のように初版が何万部とかの大部数を出版するのではなくたった一冊なんです。

 すっかり心を閉じてしまい、自分自身の存在すら、支えることが難しくなってしまった、そう、あなたのような人のためにそのネコは、たった一人の読者のために、一冊の絵本を書いているんです。

 もう20年以上も前のことです。当時の私は、各国の出版物を扱っていましたので、ヨーロッパやアメリカの都市を飛び回っていました。ロンドンではハイドパークを散歩し、パリではブローニュの樹木に親しみ、ニューヨークに行くと、決まってセントラルパークを訪れました。

 ある日、セントラルパークで、とても不思議なネコを見つけたんです。なんと、めがねをかけた瞑想するネコなんです。一瞬、視線が合ったんですが全然無視されて、また瞑想の世界に戻られてしまいました。

 レストランのウェイターに尋ねると、地元のニューヨーカーたちはそのネコのことを、尊敬の念を込めて「ミスター・フィロソファー」と呼んでいると説明してくれました。つまり、哲学者のように知恵と思慮に富んでいるというのです。

 なぜ?どうして?何があったの?

 その理由は誰も説明できないけど、いつのまにか、そういう評判がニューヨーク中に広まっているというんです。いやあ、さすがに世界の大都市だな、と感心しました。なので、それ以上は詮索せず、瞑想の邪魔にならないよう、疲れた足を引きずって、窓からメトロポリタン美術館が見えるホテルの部屋に戻りました。

 今、思い返しても、とても不思議な経験でした。深い眠りに落ちて数時間経った頃、もちろん深夜過ぎのことなんです。何かが聞こえるんです。その何かが、窓の方から徐々に鮮明になり、どうやらネコの鳴き声のようなんです。

げっ!私は一瞬、凍り付いてしまいました。きっと夢に違いない。そう思いました。だって、6階の部屋のベランダに、あの「ミスター・フィロソファー」がめがねをかけたまま、紙袋をくわえてちょこんと座っているのです。窓を開けると、ミューヨークの秋の夜の冷気が暖房の効いた部屋に、瞬時に吹き込んできましたので、あれはやはり夢ではなく現実だったと思うんです。

 小さなテーブルを挟んで私たちは向かい合いました。紙袋の中には、冷えたフライドチキンが2ピース入っていました。それと、レシートも入っていましたので気を利かせたつもりで、また冗談半分で訊きました。
「現金?小切手?どっちがいいですか?」

 「ミスター・フィロソファー」は、小銭だと持ち運びが面倒なので紙幣にしてくれと言うんです。財布の中を見ると、紙幣は10ドル札しかありません。「ミスター・フィロソファー」が言いました。「その10ドルでいいよ。おつりはもらっとくよ。」そう言い放つんです。まるで押し売りだなこりゃ、と心の中でつぶやきました。「私は、押し売りなんかじゃないよ。」「ミスター・フィロソファー」は
咎めるように言いました。げっ!この夜、二度目のげっ!でした。

 それから、私たちは延々と話し込みました。あのとき、ネコと人間が会話する光景を見たとしても「ミスター・フィロソファー」を良く知るニューヨークタイムズの記者様だったら、ちっとも不思議がらないで、まるで当然の出来事だとばかりに、驚かなかったでしょうね。

 さて、ここまでは前書きなんです。本題はこれからなんです。でも、とてもあのときの私たちの会話を詳しく書くことはできません。でもまあ、せっかくここまで読んでくださったのですから(勿体ぶって)特別に、かいつまんでお教えしましょう。

 「ミスター・フィロソファー」は、数年前まではたくさんの著名な新聞社に、コラムの連載執筆をしていました。もちろん、地元のニューヨークタイムズだけでなく、海外のデイリー・テレグラフ 、インデペンデント 、ガーディアン 、フィガロ、シュピーゲル、北海道新聞、室蘭民報、陸奥新報、岩手日報、河北新報、福島民報、福島民友新聞などなど。それはそれは猛烈な勢いで、コラムを書いていたんです。目の回るような多忙な毎日でした。

 「ミスター・フィロソファー」には孫ネコが一匹だけいました。ホワイティという名の、かわいらしい白ネコでした。ホワイティは、ある雨の夜、両親と一緒に家に急ぐ途中、交通事故に遭いました。居眠り運転のトラックが、突然向きを変えて突っ込んできたのです。とっさのことで逃げることができず、両親はホワイティをかばって犠牲になりました。あっという間に両親を失ったホワイティは裕福なおじいちゃんネコの「ミスター・フィロソファー」に引き取られたんです。

 昼間はメイドネコが何匹もいて、世話をしてくれました。おじいちゃんは、欲しいものは何でも買ってくれましたニューヨークで手に入らないものは、わざわざ日本のジャパネット・タカタから送ってもらうこともありました。
でも、ホワイティの心は沈んでいました。毎晩、ホワイティのために、手作りの絵本を読んでくれた両親は、もうそばにいないからです。そこでホワイティは、おじいちゃんネコに頼みました。「おじいちゃん、お父さんやお母さんみたいにわたしにも、絵本を作って欲しいの。お願い。」

 おじいちゃんの返事はいつも一緒でした。
 「ああ、わかったよホワイティ。明日にはきっと書いて、寝る前に読んであげるね。おじいちゃんは、世界中の新聞社に記事を書いてあげてて今日は、大きな事件があったものだから締め切りが間に合わなくて、とっても忙しいんだよ。ごめんね。明日まで待っててくれるかい?」
 「うん、わかったわ。明日はきっとね。約束よ。」

 でも、その約束は、毎日延ばされました。来る日も来る日も、膨大な文字量の原稿をこなすおじいちゃんには、孫娘のために絵本のストーリーを考える時間的な余裕などなかったんです。

 数年後、記録的な寒波がニューヨークを襲いました。暖かい部屋でじっとして、決して外出しないようおじいちゃんが言いつけていたにもかかわらず、ホワイティは、失った何かを見つけようと街に出ました。とても寒くて凍えてしまいそうだったけれど心から暖まれる場所を探して街に出ました。歩きに歩いて、帰り道が分からなくなりとうとう力尽きて、ブロードウェイの劇場街近くで倒れてしまいました。息をするのも痛みを感じるほどの寒波でした。道ばたの仔ネコに、誰が注意を払うでしょうか。

 ホワイティの不在に気づき、ネコネットに緊急捜索要請をした「ミスター・フィロソファー」のもとに悲報が伝わったのは、深夜過ぎでした。ふかふかしたベージュの毛布にくるまれ冷たくなったホワイティを、おじいちゃんは一晩中抱きかかえて、眠ることをしませんでした。そのとき、「ミスター・フィロソファー」は深い自己嫌悪に包まれていました。

 「世界中の数千万人の読者のために、叡智を絞り出して役に立っていると自負していたが、結局は、身近なたった一人の小さな孫のために何もしてやれなかった。この子には、私しかいなかったというのに。」

 ホワイティの葬儀が済むと、「ミスター・フィロソファー」は弁護士に依頼して全ての新聞社との執筆契約をキャンセルしたそうです。そして、ニューヨークの名もない小さな出版社を訪ねました。来訪を受けた編集者は、それはそれは驚いたとのことです。それはそうでしょう。世界的に著名なコラムニストがいきなり訪ねてきてこう言ったのですから。

 「重荷を負って、苦しんでいる人がいたら、心を閉ざして、希望を失っている人がいたら、その人のために、文章を書かせてください。ただ一人の人だけを大切に考えて、役に立ちたいんです。」

 長い対話が終わりかけた頃、窓の外が白んできました。別れ際に、ベランダに向かう「ミスター・フィロソファー」は突然振り向いてこう言いました。
 「君は、相変わらず、毎日こしあんドーナツを食べているのかね?」

 げっ!この夜、三度目のげっ!でした。

 今でも、このAutumn in New Yorkを聴くと、「ミスター・フィロソファー」のことをまるで昨日のことのように、鮮明に思い出します。
       by hirune-neko | 2011-11-25 22
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by hirune-neko | 2020-06-30 01:24 | 創作への道 | Comments(0)
<< 歩きながら、自己との対話の夜だった 今日はちょっぴり優等生だ、エヘン。 >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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