人気ブログランキング |

昼寝ネコの雑記帳

パラグアイからメールが届いた。一体誰だろう?

***YouTube動画を貼ろうと、数十回試したが駄目だった***


https://www.youtube.com/watch?v=byoObLgqjgY
Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 パラグアイの特別支援教育センターで、現地の子どもたちへ絵本を寄付するプロジェクトに取り組んでいるという、JICA青年海外協力隊の方からだった。
 弊社のサイトで、ホンジュラスの子どもたちへの絵本寄贈にとりくんでいることを知ったからだそうだ。調べたら、もうすっかり忘れていたし、大してお役に立てなかったのだが、確かにそのページがまだ存在していた。すっかり忘れたほどだった。
【ホンジュラスの子どもたちに、日本から不要の絵本を贈ろう】


 こんな時代に、海外に滞在して現地の子どもたちのために、汗を流している人たちが存在することを再認識し、頭の下がる思いだった。

 不要の絵本、すなわち古書を送ることになるのだが、世界中でコロナウィルスお感染が拡大しているこの時期に、いろいろな人たちの手に触れた古書を・・・正直言って、少し躊躇を感じた。


 おまけに、日本語の絵本の文章をスペイン語に翻訳し、印刷して各ページに貼るという手間をかけるという。考えただけでも大変な作業ではないか。

 少々長い引用になってしまうが、10年前にホンジュラスから協力を依頼してきた、青年海外協力隊の千田みかささんが、現地の様子を知らせて来た文章が残っているので、以下に転記させていただく。恵まれた日本の社会環境との違いを感じてしまう。


【10年前のホンジュラスの状況】
(転載開始)
 私の職種は障がい児教育で、首都テグシガルパのフアナ・レクレルクという障がい児教育センターで働いています。フアナ・レクレルクは児童・生徒数約200名、職員50名、設立37年のホンジュラスで中心的役割を果たしている障がい児教育センターです。
 ホンジュラスではまだ障がい児が教育を受けられることが少なく、フアナ・レクレルクなどの教育施設で教育を受けている障がい児は、障がい児全体の5%に満たないと言われています。そんな中、フアナ・レクレルクでは通ってくる生徒達への教育だけでなく、市内の普通学校にいる障がい児のために巡回指導をしたり、地方へ行って障がい児教育の指導者講習を行ったりして、障がい児教育を広げる活動を行っています。
 私がフアナ・レクレルクで働き始めて一番初めに気になったのが絵本が教室に一冊もないということでした。もちろん、図書室などないのです。
 職場のコーディネーターに「絵本はとても大切だから買って欲しい」と言うと、何冊か買えるように手配してくれました。さっそく町の本屋さんに行って、子どもが楽しめるような絵本を探しました。が、一冊がとても高いのです。平均300レンピーラくらいします。コーヒー1杯15レンピーラです。1ヶ月の給料5500レンピーラでは、買うのが難しい値段です。メキシコやスペインからの輸入本がほとんどなのです。そして、本屋にも絵本がとても少ない。20種類あるかどうか。日本の絵本は質も量もすばらしい、と気づきました。
 そこでJICAや友人を通じて、不要になった絵本を何冊か日本から送ってもらいました。私のつたないスペイン語で翻訳して、授業で使ったり先生達に紹介したりしました。みんな絵本のおもしろさ、絵の美しさ、バラエティーに富んだ内容に、とても喜んでくれました。
 地方の障がい者支援センターにも絵本を贈りたいと思い、先日はサン・イグナシオという首都から車で4時間程度の村に行ってきました。ここでは10冊の絵本を紹介し寄贈したのですが、ショックなことに子どもに絵本を読み聞かせる、ということを指導者の皆さんが全く経験していないのです。
 考えてみれば、ちょっと前まで学校に行けず字が読めない方も多かった国です。絵本に親しむ経験などなかったことでしょう。絵本を手にとってもらい、そのおもしろさに指導者が気づくことがまず必要だ、読み聞かせの講習もしようと思いました。
 絵本をもっともっと紹介したい、子どもがいつでも手に取れるようにしたい、と思うのですが、絵本はまだまだ足りないと思うのです。そこで、今後も不要になった日本の絵本をスペイン語に訳してホンジュラスに贈ることを続けられないだろうかと思い、ご協力をお願いする次第です。
 絵本を集める、スペイン語に翻訳する、絵本にスペイン語を貼り付ける、といった作業、並びにホンジュラスに絵本を送る、ということを日本でしていただけたらと考えています。
 ホンジュラスでの受け取り先は、私の配属先JUANA LECLERCを考えています。ここを中心に周辺の障がい児センターにも送られることでしょう。
 日本の皆さんにホンジュラスの現状を知っていただき、関心を持っていただけたら、こんなにうれしいことはありません。ご理解のうえ、ご協力をお願いいたします。
千田みかさ
(転載終了)


 この文章を読みながらハタと、とんでもない考えが思い浮かんだ。私の書いた短編作品のほとんどは、大人向けのほろ苦い内容だが、中には子供向けに手直しできる作品があるので、それをスペイン語の文章に翻訳し、簡易な中綴じ絵本として印刷・出版する、という考えだ。費用対効果を考えると、なかなかいい考えだと思った。

 そこで簡易印刷で利用している、イロドリという印刷会社で金額を確認したら、なんと100冊印刷するのも1000冊するのも、値段にはそんなに大きな違いがないことが分かった。

 さらに、自分のブログで紹介した未出版の短編作品を検索したところ、以下の20作品が見つかった。
(順不同)
1. ボクのご主人様はプロフェッサー:
2. 続・ボクのご主人様はプロフェッーサー:
3. 完結編・ボクのご主人様はプロフェッサー:
4. 子どもの夢を壊す物語:
5. クリスマス・ローズの墓:
6. 金曜日の女の死:
7. 届かない会話と届いた言葉:
8. タンゴ・モノローグ「思い出の森」:
9. 10ドルで買われた絵(その1):
10. 10ドルで買われた絵(その2):
11. いつまでも、ライムライト:
12. プリン島のペトルーシュカ:
13. 創作イメージ「絵のない絵本」:
14. 創作イメージ「続・絵のない絵本」〜眠りから覚めた少女:
15. 創作イメージ・La voz que no llegue~届かない声:
16. 創作イメージ「彼方から甦る記憶」:
17. 思いつき創作短編・ネコ屋の「またたびクッキー」:
18. 創作「王家の憂鬱とネコの欠伸(あくび)」:
19. 修正再掲載:増補版 迷える子羊の教会:
20. 「欲張りなトランク」〜中年・壮年・老年の皆さんへ:

 この中で、かろうじて子供に読んで貰えそうなのは、「4. 子どもの夢を壊す物語」である。他の何作品かを読んでみたが、じわじわと感動が拡がる、なかなかいい作品だと自画自賛してしまった。

 何年も前から、自分の作品を多言語出版するという無謀な妄想が浮かび、まだ諦めてはいない。もしこの度、パラグアイやホンジュラスの子どもたちへ、スペイン語で出版する絵本を寄贈するプロジェクトが実現したら、多言語出版の第一歩になるのではないかと、妄想はさらに膨らんでいる。つくづくおめでたい自分だと思っている。

 最後に、その作品の掲載ページを以下にご紹介させていただくので、興味をお持ちになったら、ご一読をお願いしたい。

【子どもの夢を壊す物語】   

 ・・・年齢的には完全に高齢者だが、まるで青年のように、まだ大志をいだいているようだ。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-04 01:50 | 創作への道 | Comments(2)
Commented by ちはや at 2020-06-04 08:10 x
昼寝ネコ様

お早うございます。
久し振りにに心がほっこりする記事に出会えたように思います。
昼寝ネコ様の構想が絵本として実現化され、
パラグアイの子供たちの慰めとなりますように。

ブログ転載させていただきます。

ちはや拝
Commented by hirune-neko at 2020-06-04 09:53
ちはやさん」

コメントをありがとうございます。また、転載して下さるとの事、メモに出ます。
本当に世の中には、いろいろな方々が存在しますね。
よき志を持つ方々は、できる範囲で応援したいと思っています。
パラグアイには提案のメールを送りましたが、まだ返信がありません。
進展することになりましたら、ご報告させていただきます。昼寝ネコ
<< 青年海外協力隊の皆さんは、一斉... どうしてこうも次々と課題が湧い... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
ちはやさん  コメ..
by hirune-neko at 10:37
昼寝ネコ様 お早う..
by ちはや at 06:45
ちはやさん  ..
by hirune-neko at 12:36
昼寝ネコ様 ② ..
by ちはや at 11:32
昼寝ネコ様 ① ..
by ちはや at 11:30
記事ランキング
以前の記事
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ