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昼寝ネコの雑記帳

体調の悪いときほど歩くべきだ・・・そうだ

Astor Piazzolla - Viaje de Bodas
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 ずいぶん前のことだが、治療院の先生から何度もそう言われたのを、いつも思い返している。

 どうやら風邪の症状だったようで、一昨日の深夜は唾を飲み込めないほど、喉の奥が腫れてしまった。気管が塞がって呼吸困難になるようなことはないのだろうかと、真面目に心配した。

 なんとか眠気を感じるようになり、睡眠時間も確保できるようになった。食欲も戻ってきた。そこで、今日は久しぶりに連続5千歩を歩こうと決意し、外に出た。思いの外の強風だったが、途中で倒れるのではないかという不安も徐々に薄れ、最後まで5千歩を歩き通した。

 帰りに、裏通りにあるマイバスケットで、最近見つけた「さつまいもん」という名のチップス数袋と、塩飴2種類を購入した。

 一昨日は、次男夫婦がベトナムから無事に帰国し、安堵している。メコン川ツアーでは、ニシキヘビを首に巻くというイベントがあり、次男のお嫁さんが先頭を切って体験したそうだ。次男は辞退したそうなので、どうやら私のヘビ嫌いが遺伝しているようだ。

 そうかと思うと、長男がニューヨークへ家族旅行で行き、滞在中であることをFacebookを通して知った。心配になってメッセージで安否確認をしたら、無事だそうだ。長男は、仕事でかなり頻繁にヨーロッパに行っている。自分の昔の行動を考えると、危険が渦巻いているからほどほどにしろ、とはとても言えない。


 今回の体調不良の経験を通して、身の程を知るという言葉が思い浮かんだ。昨晩の記事で書いたように、業務改良のために必要な仕組みが、次々と浮かんでくる。それも、(私にとっては)かなり先端のIT技術に絡んだものなので、今から基本を勉強し自分で構築するという考えは、無謀な発想だということぐらいは認識している。

 しかし、いろいろなジャンルの基本機能が視野に入っていれば、異なる分野の機能を有機的に連携させ、かなり迅速・正確に製作作業を進められることになるので、無視するわけにはいかない。多少の費用がかかっても予算化し、専門家に委託するのが最善だと思っている。

 それにしても、ある程度の形になるまでは、自分自身がコンダクターとして指揮を執らなければならない。個々の楽器の演奏はできなくても、曲想を思い描き、整合性と方向性を主導するのは私の役目だ。逆に、個々の楽器の演奏家は、その楽器に関してはプロであっても、全体をまとめながら構築する能力はまた、別物だと思っている。

 次なるハードルは、大幅に更新された、サイト製作ソフトの習得だ。なかなか手を付けることができていないが、httpがhttpsにならいままの状態だと、サイトの脆弱性が拡大するらしい。誰にも開いてもらえないサイトになってしまうと、とてもまずい。かくして、なんとかバージョンアップ後の最新技術を習得し、10数年にもわたって増築の繰り返しだったサイトを、機能・レイアウトの両面から見直したいと考えている。

 なかなか営業に没頭できないままま時間が経過しているが、営業手法にもいろいろあるのだから、自社の規模や能力に合った手法を絞り込むだけでも、それなりの時間がかかってもやむを得ないと思っている。

 少人数ながら、できるだけ広い営業面積を拡大し、電話、郵送、メール、サイトへの誘導、メールレターなどを有機的に組み合わせて、効率のいい営業手法を確立したいと思う。

 私たちの主要なターゲットは、現在のところ産婦人科と自治体である。いずれも攻略が容易ではない対象である。逆に、徐々に採用先が増え、話題になったりメディアへの露出が増えれば、加速度が増すとイメージしているので、もうしばらくは年齢不相応にチャレンジしたいと思っている。

 中盤の難しい局面にさしかかり、読みの深さが要求されている感じだ。詰め将棋ソフトの「詰めパラ」には、レベル5でもかなり手こずっている。今日の時点で、総出題数は12,825問であり、解いた数は3,597問である。まだ四分の一ちょっとしか解けていないが、私の脳トレには最適である。その割には最近、何か言おうとしても言葉が出ない居面が増えている。まずいことだ。

 将棋の師匠が、脳梗塞で入院されたそうだ。初期段階なので、薬を出されて退院の見込みだとのことだ。会員制みるとすには、子どもの思考力を深めるために、将棋を紹介しようと考えており、師匠にも協力をお願いしている。なんとか再発しないよう願っている。

 今日チャレンジした詰め将棋で、一番手こずったのは下記のレベル5の問題である。再度開いてみたが、もうすでに詰みの手順は忘れてしまった。私の記憶力は、本当に大丈夫なのだろうか。

【今日手こずった詰め将棋】
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by hirune-neko | 2019-08-15 23:47 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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