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昼寝ネコの雑記帳

心のどこかが疲労骨折したのかもしれない

John Barry Theme Out of Africa
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 まるで賽の河原の石積みのようなプロジェクトが、ようやく終わろうとしている。やれどもやれども終わらず、常に脳内の一部を占有し続けていた。こうなると、達成感を感じることが難しく、じっと耐えて途中で放棄しないようにするのが精一杯だった。

 ある種の虚脱感が押し寄せて来ているようだ。

 贅沢はいえないと思っている。しかし、ほとんど毎日、同じ空間で座ったまま何かの作業に集中している・・・自分には気分転換など必要ないと、ずっと思ってきた。しかし、やはり私とて生身の人間であり、人並みにストレスが蓄積していたのではないかと思い始めている。

 連日、目にし耳にするのは、政争や論争、中傷・非難、粛正、暗殺、クーデターなどばかりで、決して感動的な話題はない。まあ、それが現実なのだろう。そんな世相なので、気を許し、裏を考える必要のない人間関係は、貴重なのではないだろうか。
 
 夜、癌で手術を受け、入院中の旧友女性を見舞った。会うのは久しぶりだった。病室に入って私をひと目見るなり、「しばらく会わないうちに、ずいぶん年寄り臭くなったね」ときたものだ。思わず苦笑してしまった。お互いに、いいたいことをズケズケといいあう仲なので、慣れっこになっている。

 久しぶりに電車に乗り、駅からは歩数を稼ぐため、バスに乗らず徒歩で往復した。初めて訪れる場所だったので、途中何度も病院までの道を、通りすかりの人達に教えてもらった。

 知らない場所で、見知らぬ人達と言葉を交わしてるうちに、ふと、たまには小旅行に行きたいと思った。しかし、現実的には、全国の自治体と産婦人科クリニックに営業コンタクトを本格化すると、北海道から沖縄・九州のどこにでも訪問する可能性が高まる。

 そうなると、否が応でも全国地方巡業の旅が始まる。ある程度の件数までは自力で行い、一段落したら営業要員の育成に移行しようと思っている。もうすでに、十分年寄りなのだから。

 まだ観ていないのだが、冒頭の曲は映画「愛と哀しみの果て」のテーマだ。原題はOut of Africaで、舞台はアフリカのようだ。365度、地平線を眺望できる広大な自然の中で、野生の動物たちと寛ぐ・・・あり得ない想定ではあるが、ここ数年蓄積してきた閉塞感を、払拭するきっかけが必要だと感じているためか、そのようなのどかな情景が浮かんだ。

 こうしてブログに向かい、思い浮かぶイメージを言葉にしていると、徐々に心がほぐれてくるのを感じている。まだまだ短編小説を書く時間と心のゆとりはない。しかし、その日の来るのを張り合いに、また明日からは序盤最終章の文書作成にとりかかりたい。

 自治体向け提案書の改訂版、産婦人科クリニック向けの提案書、それとファミリー・インテリジェンスサービス・みるとすの、運営企画書である。


 最近、旧約聖書の出エジプト記を読んでいたとき、エジプトに売られたヨセフにの言葉が、とても暗示的に思え印象的だった。

 ヨセフは兄弟達から疎まれ、殺されそうになるが、最終的にはエジプトに向かう隊商に売られる。ヨセフはエジプトで、無実の罪で投獄されるが、王であるパロの見た不思議な夢を解き明かした。7年の豊作の後に、7年の飢饉が訪れるので、エジプト全土で食糧を蓄えるように、というヨセフの言葉は王と従者の心にかない、ヨセフはエジプトを治める者となる。ヨセフは死んだものと思っていた父・ヤコブとその全家族は、食糧を求めてエジプトに移住し、そこでヨセフとの感動的な再会を果たす。

 つまり、命の危険に曝され、苦難に遭ったのは、後に父と兄弟達の家族を救うために、神によって前もってエジプトに遣わされたのだ、というヨセフ自身の言葉が印象的だった。

 誰の人生にも、苦難はつきものである。しかし、その苦難を背負い、最後まで耐え忍んだときに、その苦難が意味のあるものだったと理解できるようになる・・・ヨセフの言葉から、そのような励ましの印象を受けた。

 ある意味で、私の苦難の旅路は3年や5年どころではない。しかし、いろいろな方々から助けや励ましを受け、ようやく可能性を拡大しながら中盤戦に突入しようとしている。

 なんとか、いい結果を出したいものだ。

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by hirune-neko | 2019-04-18 00:36 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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