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昼寝ネコの雑記帳

懐かしい方からのコメント 私の3.11回顧録

Astor Piazzolla - La famille
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 ずいぶん懐かしい方からコメントをいただいた。

 メタセコイアさんからのコメントだった。東日本大震災で被災した、当時は中学生だった女生徒が、絵本作家としてデビューしたことを報道する、河北新報の記事を伝えてくれるコメントだった。以下の内容だった。

(コメントの転載開始)
 以前、昼年ネコさんのブログにも紹介された、震災復興絵葉書で話題になった神田瑞樹さん、絵本作家になったみたいですね。今日の河北新報Web版に記事が載っていました。
「河北新報オンラインニュース」
(コメントの転載終了)

 メタセコイアさんは、東北大学の学生だった頃、大学生協の書籍売り場で、当時出版されて間もない「昼寝ネコの雑記帳」を手に取り、購入してくださった。その頃からブログ読者になってくださったので、もうかれこれ十年選手である。今でもこうして立ち寄ってくださり、有難い限りだ。

 私の短編作品に、「ボクのご主人様はプロフェッサー」というタイトルの3部作がある。ちょっと偏屈で独身の大学の先生が主人公だ。ネコと同居している先生が、生徒の女子大生に好意を持ってしまうが、何も言えないうちに彼女は卒業してしまう。先生は難解な専門書を読まなくなり、アイーダなどのオペラを聴くようになる。(正編2008年6月20日)

 それから数年して、メタセコイアさんから、この先生のその後が気になる、というリクエストがあったので、改めて続編を考えた。
 女子大生は大学卒業後、飛ぶ鳥を落とす勢いのIT企業に就職したが、社長に気に入られ跡取り息子と結婚する。マスコミに大々的に取り上げられ、先生の耳にも入った。先生はますますふさぎ込むようになってしまった。年始のある日、好きな散歩コースである逗子の高台の、高級別荘地で、先生は偶然その女子大生と出会う。彼女は離婚を決意しており、数ヶ月後には離婚することになった。二人は急速に親しくなり、30歳以上の年齢差だったが、北欧の教会で結婚式を挙げることになった。ところが、彼女に厄介な血液の病がみつかり、あっという間に悪化し他界してしまった。・・・という悲劇的な結末で幕を閉じた。(続編2011年11月29日)

 この続編を読まれたメタセコイアさんから、悲劇で終わってしまうんですね、という沈んだ感触の文章が届いた。言葉少なにおっしゃるには、大学院で同じクラスに出席していた女子学生に好意を持ったが、とうとう何も言えないまま、彼女とは別れ別れになったしまったそうだ。そこで、この偏屈な先生と自分が二重写しになり、物語の結末がどうなるか、気にかかってたらしい。
 私は本来、ハリウッド映画的なハッピーエンドの結末が好きではない。しかし、前途ある若者を、人生の路頭に迷わせてはいけないし、前途に希望を持てなくなっては責任を感じる、そこで一転して、ハッピーエンドのストーリーを完結編として作成し、メタセコイアさんに個人的に謹呈することにした。
 当時、メタセコイアさんは大学院で博士号を取得し、無事に就職もされていた。そのお祝いにと考え、ずいぶんロマンチックでハッピーエンドのストーリーにした。もちろん、メタセコイアさんからは安堵と喜びのメッセージが届いた。この先生のように、無事に結婚相手が決まったら、そのお祝いに、この3部作を小冊子にし、お祝いとして贈呈させていただきたい。しかし、職業は地質学を専攻した関係で、地震予知やらの男だけの現場のようであるから、果たしてロマンスは巡ってくるだろうか。でも、この先生のように、最終的にはハッピーエンドになっていただきたいものだ。(完結編2012年10月18日)

 久しぶりにメタセコイアさんからコメントが入ったので、つい昔話を思い出して紹介してしまった。今日のコメントの主人公である神田瑞樹さんが、中学生だった被災当時に描いた絵を、私はブログで紹介した。そのときの絵を以下にご紹介する。
c0115242_01355626.jpg
 そして、この絵を紹介した私のブログ記事は、以下である。
「何か語りかけてくる絵だ」


 以前にも書いたが、福祉団体が被災者の皆さんへの絵本寄贈予算を拠出してくれたため、告知をお願いしに北海道、青森、岩手、宮城、福島の地方新聞社十数社を回った。ところがどういう訳か、大船渡の東海新報には何度もお邪魔し、地元の皆さんとの個人的な交流もいただいた。まだまだ被災の爪痕が残っていることを痛感し、自力で気仙の皆さんに絵本の寄贈を継続しようと考えた。すでに印刷できる段階まで製作は進んでいるのだが、なかなか予算が確保できず、まだ動き出せないでいる。絵を描いてくださった方だけでなく、まだ避難所暮らしをされている皆さんには、お待たせしたままで大変申し訳ないと思っているが、もうしばらくお待ちいただきたい。

 以下が、その気仙版の絵本の表紙カバーである。いくら理念があっても、実現には、やはり資金が必要だというのが現実である。非力な昼寝ネコである。
c0115242_01361418.jpg

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by hirune-neko | 2019-03-15 01:38 | 心の中のできごと | Comments(4)
Commented by 千波矢 at 2019-03-15 17:35 x
昼寝ネコ様

心に残る素敵なお話をありがとうございます。

『神田瑞樹さん、絵本作家になった』

中学生の頃に描かれ絵なのでしょうか?
とても衝撃的でとても心惹かれました。
神田さんの絵本を探してみたいと思います。


どこの番組でしたか…、『声を上げる』ことの大切さを教えてくれるエピソードがありました。
津波のことは授業で何度も教えていた自治体があり、大地震の後、ある中学の女生徒が『津波が来る、逃げろ!』と声を上げたことから、
生徒も先生も一斉に高台に向かって逃げ出し、隣にあった小学校だったか幼稚園だったかの子供たちも、お兄さんお姉さんが逃げているのを見て後を追って逃げ出したそうです。
中学生たちは子供たちの手を引いて一緒に逃げ、津波が後ろ数メートのところまで迫る程の危機的状況の中、辛うじて逃げ延びたそうです。
その中学校では一人の犠牲者もいなかったそうです。
大人は津波が来るのではないかと思っても、余計なことを考えて声を上げにくいのだとか?
純粋に授業の教えを信じていた中学生が声を上げたことでたくさんの命が救われたのです。


神田さんの絵を見て、このエピソードを思い出しました。
子供たちが辛うじて逃げ延びた後の、高台から見た光景はこの様なものだったのではなかったかと…


犠牲になられた皆様へ
心からのご冥福をお祈り申し上げます 千波矢
Commented by hirune-neko at 2019-03-15 19:25
千波矢さん

 コメントを有難うございました。再度読み返しましたが、自分らしい作品だと思いました。短編作品集を出版する機会があったら、収録したいと思います。

 神田さんに気仙寄贈絵本の絵を描いてもらおうと考え、電話したのですが、実現しませんでした。何かを創作することの有益さを実感していますので、自治体に対し、小中校生のための創作コンクールを提案していますが、なかなか理解されません。

 辛抱強く提案を続けたいと思います。有難うございました。 昼寝ネコ
Commented by メタセコイア at 2019-03-16 00:04 x
3部作の小冊子、楽しみにしています。でも、今のところ、残念ながらロマンスは巡ってこないです・・・。
Commented by hirune-neko at 2019-03-16 00:39
メタセコイアさん

そうですか。でも人生にとって大事なことですから、努力を続けてください。 昼寝ネコ
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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