昼寝ネコの雑記帳

選曲に手間取っているうちに、Miss Saigonを聴いていた

Miss Saigon - 1989 Original Cast Recording - I Still Believe
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 とても寒かったせいなのか、体調が思わしくなく、気がついたら何度もウツラウツラしていた。

 今日も早いうちにブログを更新しようと思ったのだが、選曲が決まらない。昨晩、ずいぶん昔に観たミュージカルを思い出したせいか、YouTubeで、Miss Saigonを検索してみた。

 調べたら、ロンドン・ウェストエンドでの初演が1989年だったので、丁度30年前のことだ。その数年後に、ニューヨーク・ブロードウェイで上演しているので、私が観たのは、40年近く前ではなく、30年近く前だったことになる。

 これまでの人生のあれこれのシーンが、一気に甦ってきた。色々なことがあったし、色々な所に行った。色々な人たちに会い、色々な人生を垣間見た。それらがずっと記憶の底に沈殿し、あるとき、唐突に浮かび上がってくる。

 Miss Saigonの原作は、プッチーニのオペラ「蝶々夫人」、そしてフランスの小説「お菊さん」にまで遡る、日本由来だそうだ

【参考資料】
 脚本家のクロード=ミシェル・シェーンベルクが、ふと見た雑誌に掲載されていたベトナム人の母が、タンソンニャット空軍基地で子供により良い生活をさせようと、元GI(アメリカ軍兵士)の父親の待つアメリカへ見送ろうとしている写真を見て、そこから着想を得て創作されたとされる。シェーンベルクはこの母親の行動を「尊い犠牲」と考え、『ミス・サイゴン』の中心テーマとすることに決めた[4]。
 ジャコモ・プッチーニ作イタリア・オペラ『蝶々夫人』と、その着想のもととなったフランス のピエール・ロティの小説『お菊さん(Madame Chrysanthème)』をストーリーのベースにしている。出典:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%B4%E3%83%B3

 Miss Saigonから1曲選ぼうとしたが、なかなか決められなかった。最終的に選んだ冒頭の曲は、ベトナムに残されたキムが、わが子の父親である米兵のクリスが、きっといつか迎えに来てくれる、と切々と歌い、次いで、クリスの妻のヘレンが、夫が悪夢にうなされながらキムという女性の名前を口にしたのに驚く・・・という相反する立場の女性二人による、二重唱である。それぞれが切ない気持ちで、同じ男性に信頼を寄せる気持ちを歌う、切ない曲である。
 話はガラリと変わるが、今年は旧約聖書を読み直してみようと考えている。オリーブの元の木から折り取られた枝が、全世界に散らばされたが、末の日にはすべての枝が集められ、元の木とつながって一体になる。・・・訳の分からない内容に思えるだろうけれども、イザヤの言葉だ。旧約聖書には随所に、現代に生きる私たちに向けられた言葉がある。数千年前の言葉なのに、である。
  ロンドンやニューヨークで上演された著名なミュージカルの源泉が、「蝶々夫人」であり「お菊さん」である、というのは、個人的に興味深いことである。
 日本は周りを海で囲まれ、一説によれば2千700年もの間、存続している国だそうだ。旧約時代のエルサtレムが滅び、バビロンの捕囚があったのが、紀元前約600年だとされている。日本ユダヤ同祖論なるものがある。つまり、日本人はイスラエルの血統だというものだ。
 まったくの私見であるが、日本人はお花畑とか、平和ぼけとか揶揄されることもあるが、これだけ国際社会が緊張度を増しているにもかかわらず、明らかに純粋無垢な精神性を保持し、義の旗の下に結束する属性を共有している、と思っている。
 この度の、韓国海軍の日本自衛隊機に対するレーダー照射を巡る、日韓両政府の対応を傍観していても、日本人の国民性の根底には戦闘民族の血が流れ、寡黙ではあるが、いざとなると一致結束して果敢に闘う、という気概を感じる。
 刀を抜けば、どちらかが命を失うことになるので、ぎりぎりまで礼節を尽くす、という武士の気概が、意識するしないに拘わらず、日本人の血に流れているように思う。
 さて、神学的に世界を俯瞰したときに、その日本人にはどのような役割が期待されているのだろうか。現時点では皆目想像もつかないが、日本人ならではの平和的貢献の機会が巡ってくるのではないだろうか。
 それはそうと、北海道の皆さんには馬鹿にされて笑われると思うが、今日の体調に加え、この寒さにはすっかり怖じ気づいてしまっており、散歩はパスすることにした。いや、気が変わって、出かけるかもしれない。なんとも言えないが、多分今日ばかりは大事をとるだろうと思う。
 いつもより全然早い、午後11時前である。
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by hirune-neko | 2019-01-10 23:06 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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