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昼寝ネコの雑記帳

ここまで来たら、迷わずに進むことにしよう

Julia Zenko Chiquilín de Bachín
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 新しい局面を切り拓くのだから、やってみなければ結果は分からない。結局は、心に感じるままの文章で、提案書と挨拶状を作成した。明日には印刷して発送できると思う。

 歩くのは健康の基本だと言われるので、一日に6000歩のノルマを課している。ほぼ毎日達成しているのだが、連続して20分歩いた時点から、効果が出始めるとも聞いている。

 そこで、今日から歩き方を変えることにした。日中の歩行数に関係なく、連続して5000歩を歩くことに方針を変えた。1000歩が約10分なので、50分を連続して歩くことになる。即効性はないと思うが、長い目で見れば健康を維持する助けになると思うしかない。

歩きながら、ピアソラとロベルト・ゴジェネチェの協演したアルバムを聴いた。その中のチキリン・デ・バチンを選曲しようとして、結局はフリア・センコの歌を選んだ。

 記憶に間違いが無ければ、オラシオ・フェレールの作詞で、ピアソラの作曲だ。

 今日、家内との雑談で、ミュージカル、ラ・マンチャの男の1曲である「見果てぬ夢」(The Impossible Dream)の歌い方は、どのようであるべきかという話になった。オペラ風、ポップス風などを聞きくらべ、やはり、ミュージカルの歌唱法が一番しっくり来るという結論になった。

 声楽を習うのを止めて、もう何十年になるだろうか。もう声は出ないと思う。でも、歌ってみたいという気もある。ピアソラの作品では、このチキリン・デ・バチンを歌ってみたい。

 チキリンは日本語で、小僧。バチンはまあ高級なレストランの名前だそうだ。知恵遅れの小さな男の子。孤児で浮浪者のその子が、ある冬の早朝、ねぐらにしていた荷車の下で冷たくなっているのが見つかった。それを目にした町の人たちは、この子は天国に旅立った、と言い合った、という悲壮な内容の歌詞である。検索したら、故・高場将美先生が、ライナーノート用に和訳した文章が出て来たので、以下にご紹介する。

チキリン・デ・バチン
詩 オラシオ フェレール Horacio Ferrer
作曲 アストル ピアソラ Astor Piazzolla
【訳詞 高場将美】
夜ともなれば、汚れ顔
ブルージーンの小天使、
バチンの店の
テーブルでばらの花を売る。
月は肉焼きグリルの上に
輝いているが
彼の食べるのは月と、すすのパン。
まいにち悲しみの中で
彼は夜明けをいやがる、
あるクリスマスの朝彼を叩きおこすのは
裏返しの星、
東方より来たりし3匹の猫が
彼の靴をかっぱらう、
ひとつは左足、もうひとつも。

チキリン
おまえのひと束をおくれ
そうすればおれも
自分の恥を花にして売り歩こう。
3輪のばらで、おれをひっぱたいてくれ
おまえの飢えを理解できなかった
その借りが痛むように、
チキリン……

太陽が子どもたちに
お勉強用のエプロンをつけるとき
彼が習うのは
これから知らねばならないゼロの数。
そこで彼は母親を見る、
ぐるぐる廻れ、
でも見たくない。
まいにちゴミ箱で
パンひとかけらとスパゲティ1本で
飛んで行くために凧をつくる、
でもここに残りつづける。
彼は不思議な人間、
4歳の子ども、
からだの中で紐がこんがらかっている。

チキリン……
デ・バチン……


 人には、実にいろいろな人生があるものだ。

 私は歩きながら、孤独に耐える精神力を養い、集中力を維持する自己訓練をしてると感じることがある。未知の空間への飛翔である。

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by hirune-neko | 2018-12-25 01:13 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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