昼寝ネコの雑記帳

初めて経験したiMacのトラブル

Bill Evans - Like Someone in Love

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 iMacで作業中に、メールの索引が壊れたという表示が出た。指示に従ってメールソフトを終了し、再起動したら、どうやらサーバーに保存されているメールをダウンロードし出した。その数、約6万5千通である。

 最後の所で読み込みに失敗した。2回目も失敗した。そこで、セーフブートという再起動を行い、次いでピーラムクリアという再起動も行って、iMacの負担を軽くした。そこで改めてメールを再起動したら、なんとか立ち上がった。現在もなおサーバーから読み込んでいる最中のようで、メールの送受信がまったくできなくなってしまった。

 その他はなんとか無事のようで、ブラウザも機能し、evernoteも使えるので、ブログ更新はなんとかできそうだ。

 原因として考えられるのは、メールアカウントを約50も設定していることだ。必要なので設定しているのだが、確かにiMacには過重な負担をかけているのだと思う。名前は忘れたが、サードパーティ製のメールソフトがあり、かなり以前使用したことがある。思い出した。サンダーバードという名前だったと思う。明日、Appleのサポートに電話して相談してみよう。

 相変わらず日中は、電話やメールで作業が中断されることが多い。次はこれをしようと思いながら作業をしている。その最中に中断されるので、飛び込み案件を処理した時点で、脳内が真空状態になってしまう。そんなことを繰り返していると、脳内疲労が蓄積し、気力と集中力が著しく低下してしまう。

 そのようなときは、発想を変えるようにしている。やがて、もっと忙しい環境に身を置くようになるので、今から悪戦苦闘しながらいろいろ工夫し、同時並行してたくさんの案件を管理・処理できる技術を身につけるための、訓練を受けている。そう考えるようにしている。なるべく建設的に考える生き方を、身につけたいものだ。

 ここ数ヶ月は、本格的な営業体制に移行するため、その手法を私なりにあれこれ検証していた。ようやく焦点が結びそうである。

 何をそんなに考えていたかというと、まず第一に、目先の数だけを追っていると、日本全体、あるいは国際社会がどのような方向に収斂していくかが、視野に入らなくなってしまう。つまりは、結果的に砂上に楼閣を建てるようなことになっては、元も子もないと思っている。

 最近の韓国最高裁の徴用工に対する、賠償金の支払い問題は、思わぬ波紋を拡げているようだ。詳細は忘れたが、政府が韓国へのハイテク商品の禁輸を言い出しているそうだ。関連企業にとっては、思わぬアクシデントだろう。

 日本でも膨大な数の人たちが利用していると思われる、Facebook、YouTube、Twitter、Amazon、Google、Appleなどが、本当にアメリカで国家反逆罪の訴追を受けるようになったら、大混乱を来すのではないだろうか。

 誰でもビジネスを考えるときには、需要のあるところ、顧客の多いところを狙って営業展開を始めるだろうと思う。極めて自然なことだ。しかし、そこにはある種の企業のエゴイズムがあるとも思う。社会がどうなろうと、自社が売上を伸ばし、存続すればいい・・・勿論、企業にとって存続するのは、必須条件であるが。

 数日前、全国で書店がゼロの自治体が440カ所存在することを紹介した。絶対人口が少ない、あるいは読書人口が少ないことに起因するのだろうか。しかし、そのような地域で良書との出会いを待っている、潜在的な読者が少なからず存在すると思っている。ビジネスベースで試算すると、割に合わないと考えて、誰も何も工夫をしない。それはある意味では正しい選択なのかもしれない。

 しかし私は、潜在読者の発掘というのは、とても意義深いことだと感じている。現実的に何をどうできるかは、まだ構想段階である。しかし、売上至上主義の考えからは生まれることのない手法を、なんとか具体化したいと考えている。

 書籍販売業界の巨人であり、グローバル・ビジネスの覇者として君臨している、天下のAmazonであっても、手を出しにくいニッチな領域があると確信している。そして、コマーシャリズムから取り残された地域で、本との出会いを喜ぶ子どもや大人達の笑顔を目にすることができたら、私にとっては何物にも代え難い至福の瞬間である。

 生涯を、妄想家と呼ばれたままで終わるのではなく、人のために少しでも役に立ったと思える生き方をしたいものだ。・・・現在はまだ、妄想レベルであるが。

 その妄想は、名付けて「プロジェクト・ダビデ」である。巨人・ゴリアテと対峙した少年ダビデが、石投げ器ひとつでゴリアテを倒したシーンが思い浮かぶ・・・やはり妄想である。今のところはまだ・・・であるが。


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by hirune-neko | 2018-11-10 02:16 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< こんなに時間がかかるとは思って... 秘密兵器を特別公開してしまおう(笑) >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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