昼寝ネコの雑記帳

秘密兵器を特別公開してしまおう(笑)

Stan Getz & João Gilberto - Para Machuchar Meu Coração

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 いつもの木曜日同様、今日も製本屋さんまで往復してきた。木曜日が終わると、みんなほっとしてひと息ついている。

 私自身は、相変わらず処理案件を多く抱え込み、気力と集中力をなんとか維持しつつ、優先順位を誤らないよう吟味しつつ進めている。

 一日に6千歩歩く習慣の仕上げは、どうしても夜になってしまう。遅い時間に歩くことを知ったある方から、心配のメールをいただいた。

 「ところで、散歩コースは安全なのでしょうか?音楽や何かを聴きながら散歩をされているとのことですが、車や暴漢の心配はないのでしょうか?健康と安全を願っております。

 なんて優しい方なのだろうか。うぐぐ・・・有難いことだ。・・・ん?暴漢?防寒や傍観ではなくて、人を襲う暴漢のことまで心配されてしまった。

 そのとき閃いたのは、もうかれこれ10数年以上前に購入した、護身用のペンだった。見た目は金属製のペンなのだが、護身用や車などからの緊急脱出にも使える。つまり、車に閉じ込められたときでも、内側から窓ガラスを突き破るほどの威力があるそうだ。・・・試したことはない。

 しかも、世界の主要国際空港でのセキュリティ・チェックも、なんなく通過できると説明されていたので購入したものだ。私は危機意識が抜けているのか、平気でペンケースに小型のフォールディングナイフ(折りたたみ式ナイフ)を入れて持ち歩き、ある空港では警察を呼ばれてしまった。「鉛筆を削るのに、持ち歩いています」と弁解したら、ボールペンだらけのペンケースの中を見て、鉛筆はどこにあるのか?と質問されてしまった。想定していなかった質問だったが、とっさに、「遠距離介護をしている母がほしいというので置いてきました」と、ある程度は本当のことを伝えた。ついでに母の病状を述べ、人には私のことをいつも親不孝息子だと嘆いてるらしい・・・とか愚痴を並べたら、警察官は面倒くさく思ったのだろう。解放してくれた、なかなか人を見る力の具わった警察官だったと思う。

 さらに酷いのは、機内持ち込みではなく、預かり荷物のカバンをX線検査機に通されたとき、中に入れてあった特殊警棒が咎められてしまった時だ。老母の介護帰りの新千歳空港のできごとだ。警察官二人がすっ飛んできて、交番に連れて行かれ、かなり長い時間の尋問を受けた。最終的には、皆さんと親しくなれたのだが、最初のうちはまるで老テロリストであるかのような、疑いの目で見られ続けた。今となっては笑い話であるが、帰宅してからも空港交番から電話があり、購入時期や購入方法などを細かく訊かれた。たまたまブログで購入したことを公開していたので、そのまま伝えた。

 特殊警棒は交番で没収され、その後は購入していない。自宅に保管する分には問題ないそうだが、外で持ち歩くと軽犯罪法違反だそうだ。本件は、横浜地裁川崎支部に送り、検察が起訴するかどうか判断する、といわれて、はて何年になるだろうか。もう時効なのだろう、きっと。

 取材先だったサンフランシスコの銃砲店は、日本人がオーナーだった。日本人観光客向けに、射撃ツアーを主催していた。確か、ベイブリッジを渡りオークランドにあった公営射撃場に行って、実射を行う。回転式の拳銃、オートマチックの拳銃、そしてM16というライフルの実射体験を積んだ。やがては、ワルサーPPKという、ジェームズ・ボンドが映画で使ったという、オートマチックの拳銃を、その銃砲店で購入してしまった。許可を取れば携行できる、といわれたが、さすがにそこまでは行動に移さなかった。そのまま銃砲店に保管してもらい、それっきりである。すくなくとも20年は経っている。

 素手の格闘技経験は、体育の授業のボクシング程度しかないので、今後はそのボールペンもどきの護身ツールを携行することにしようと思う。さっき試しに持って出た。どうすれば、とっさのときにすぐ使えるかを考えた。右袖の中に隠し持ち、相手がナイフで脅してきたときは、瞬時に手で持てる・・・という練習までしてしまった。改めて、単細胞の私である。

 正式には、アメリカの銃器メーカーである、S&W(スミス&ウェッソン)社製の タクティカルペンM&Pというらしい。M&Pはミリタリー&ポリスの略で、どこかに軍や警察が使っていると書かれていた。外出時の所持は軽犯罪法違反になる可能異性もあると書かれてもいる。私は一度、路上でひったくりに遇ったことがある。胸ポケットから財布を抜かれ、大声を上げて犯人を追いかけた、すると後ろで待機していたオートバイが私を追い抜き、犯人を乗せて走り去った。警察に被害届も出している。それ以来、夜の一人歩きがトラウマになっているので、自己防衛用に持ち歩いている、といったら通用するだろうか。ちょっと無理かもしれない。

 以下が、そのタクティカルペンの画像である。警察の方には笑って見逃してほしいものである。
c0115242_01373796.jpg
 S&W(スミス&ウェッソン)社のロゴ部分。
c0115242_01380588.jpg

 夜道で、危険なネコには声をかけない方がいいと思う。


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by hirune-neko | 2018-11-09 01:43 | 現実的なお話し | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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