昼寝ネコの雑記帳

自由にものが言えない社会になりつつあるのだろうか

Quiet Lights BILL EVANS Trio

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 昨日、せと弘幸さんのブログから、懲戒請求の対象となった在日コリアン弁護士が、懲戒請求者である男性に対し損害賠償の請求訴訟を行い、東京地裁は支払いを命じる判決を下した、という内容を引用した。

 行橋市議の小坪しんやさんのブログでは以前、余命ブログとの連携を前面に出し、せと弘幸さんのことにも言及していたと記憶している。私の記憶に誤りが無ければ、皆さん三者はそれぞれを連携相手と認識し、ブログにも記述されていたと思う。

 ブログ読者の方から、昨日の私の記事に対してコメントが入った。以下に一部を転記させていただく。

(ブログ読者の方からのコメント引用開始)
 「余命氏は初めから地裁高裁は相手にしておらず、最高裁こそが勝負処と考えています。地裁高裁は在日汚染が酷く、判決が歪められることがわかっているからです。余命氏はブログでそのことをはっきりと伝えています。
 この訳の分からない裁判判決一事を以って、余命氏を責め、或いは、陥れるような記事の書き方に疑問を禁じ得ません。」
(ブログ読者の方からのコメント引用終了)

 確かに、在日コリアンに絡む訴訟では、圧倒的に彼らに有利な判決が出ていると聞いているし、いわゆる司法汚鮮と揶揄されていることも理解している。また、余命ブログ主は、かなり種々の実態を知悉し、慎重かつ大胆、さらに戦略的にものごとを進めて来ていると認識している。

 訴訟の詳細経緯は把握していないが、せと弘幸さんの次の一文が引っかかっている。

(せと弘幸さんの記事から引用開始)
 注目点は「請求した東京の男性は出挺せず、書面も提出しなかった」
 これは日本の民事裁判の常識をくつがえすものではないか? 本来訴えられ被告となった場合、この裁判に出席しなければ、相手方の請求した満額が判決で下されてしまう。これまで私はそのようなケースを知っている。
(せと弘幸さんの記事から引用終了

 被告が出廷しなければ、原告の言い分をを裁判官が認め、被告には圧倒的に不利な判決になってしまうのだろう。ましてや、これから連続するであろう懲戒請求関連の、最初の裁判である。以降の同様の裁判には、ある種の判例として少なからぬ影響を与えるのではないだろうか。

 ここから先は、スパイ映画の見過ぎである私の想像なのだが・・・あくまでもアメリカ法廷映画のシナリオとして考えたのだが・・・今後の裁判を有利に進め、一連の懲戒請求者にプレッシャーをかけて和解に誘導するために、弁護士のお仲間が請求者になりすまして懲戒請求を行い、その請求者に対して弁護士が訴訟を起こした・・・そしてその請求者は、打ち合わせ通り裁判に欠席し、弁護士が勝訴する・・・というストーリーが思い浮かんでしまう。どう考えても不自然だからだ。

 こんなことを書くと、該当する弁護士から名誉毀損で訴えられるかもしれない。私の場合は訴えられたら欠席などせず、ちゃんと裁判所に行って自分の考えをはっきりと主張させていただく。

 最近、保守系政治ブログに対する風当たりが、ますます強くなっているようだ。自分たちに不利になる内容や都合の悪いことを発信されると、人種差別だヘイトスピーチだと騒ぎ、徒党を組んで潰しにかかるという風潮が、顕著になってきているようである。

 口は災いの元とも言われるが、事を荒立てないという日本的な発想だけでは、相手の術中にはまってしまうのではないだろうか。私は何を言われても一向に平気である。よく、馬の耳に念仏とか、馬耳東風と言われるが、古代イスラエルの似たような言葉をそのまま日本語にすると、ネコの耳に念仏とか、ネコ耳東風となる。(こればかりはジョークである)

 いずれにしても、住みにくい世の中になっているようだ。私はこれからも、自己主張は継続するつもりだ。勿論、慎重さと配慮を欠かさずにと、心がけたい。


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by hirune-neko | 2018-10-27 01:37 | インテリジェンス | Comments(2)
Commented by 通りすがり at 2018-10-29 21:35 x
御察しの通り、いわゆるトロイの木馬だと皆さん勘付いているのでしょうね
多くの日本人は素直で特に戦後体制の下で育った方々はアメリカの映画やTVドラマで観ていることと同じかそれ以上にとんでもないことが実際に行われているとは夢にも思っていないでしょうが(アメリカでは気付いている人がかなり増えているようです)
とにかく何でも鵜呑みにせずに自分なりに調べてみることと論理的に冷静に考えてみることは必要だと思いますね
例題 : シリア人権監視団 (の正体)
Commented by hirune-neko at 2018-10-29 23:32
通りすがりさん

コメントを有難うございました。

同感ですね。インターネットの効果は驚くほどですね。
ご指摘の、シリア人権監視団 (の正体) については、勉強不足で何も知りませんでした。調べてみます。

有難うございました。 昼寝ネコ
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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