昼寝ネコの雑記帳

多言語出版Part2〜最初の関門で日本語の奥深さを再認識した

Bill Evans - The Peacocks

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 一昨日、短編作品の英訳第1稿をブログで紹介させていただいた。私自身はバイリンガルでもないし、英語を深く勉強した訳でもない。したがって、十分に読解はできない。しかし、オリジナルの日本文は自分で作ったので、それがどのように英語に訳されているかは、なんとなく理解できるという程度だ。

 一番気になったのは、英訳文の主語が「I」と「She」の混在で訳されている点だった。作者の意図としては、孤独な老女の内面に去来する様々な心情を、独白の形で文章化し、読者に直接その心象風景と対峙してほしかった。したがって「私は・・・」という表現で、主体者を特定せず、主語の無い文章を多用することにより、自然に主人公である老女の内面世界を訪れてほしかった。

 しかし、文章には必ず主語が含まれているラテン語系の人たちにとっては、無理矢理でも主語を付け加える必要性を感じてしまうのだろう。老女の独白、感情の吐露全てに「She」という主語を追加して翻訳した。勿論、中には明確に主人公が意思を表現している部分があり、そこでは「I」が使用されている。
 そこで今日、私は翻訳者に以下の内容のメールを送った。本件に関するやりとりをご紹介するので英語あるいは多言語出版に興味のある方は、是非参考にしていただきたい。


【昼寝ネコ→翻訳者】
翻訳してくださった文章を何度か読みました。

ひとつ意見を伺いたい点があります。
日本語の文章には、主語が無い場合が多いのですが、
英語や諸外国の言語には、主語が明確に存在します。

今回翻訳していただいた作品は、主人公の老女の
独白というスタイルで書かれていますので、
大部分で主語が省略されています。
英訳文では、「she」を主語にしてほとんどの
文章が作られており、一部「I」が主語になっています。

翻訳される上で、難しいポイントだったのでは
ないかと思っています。
その点についてのご意見をお尋ねしたいと思います。
また、アメリカの作家の方がどのような意見をお持ちか
興味がありますので、いつでも結構ですので
教えてください。

 同日、翻訳者から以下の内容で返信があった。

【翻訳者→昼寝ネコ】
 はい、昼寝ネコさんにそれについて聞こうと思っていました。(作家の)友達もそれが良くないと言いました。ですから、昼寝ネコさんの感覚に合わせます。「ハンナさん(主人公の老女)」が自分で語ってて"I"なのか、第三者が語ってて"she"なのか、きめないといけないですね。日本語はその辺をあいまいに書けますから読んでいる人によって違うかもしれません。どちらがいいですか?英語ではあいまいにはできないのが残念です。*( )内補足説明は昼寝ネコによる。

 この返信を読み、さすが作家志望の友だちは、いい感覚をしていると安堵した。そこで、ストレートに以下のメールを送信した。少々長いが、そのまま転記させていただく。

【昼寝ネコ→翻訳者】
確認を有難うございました。

ご質問の件に関し、私の意見をお伝えします。

主語が「I」の場合は、読者を主人公の
内面世界に引き込むことができます。

主語が「She」の場合は、読者と主人公の間に
「客観的に捉える」という距離ができてしまいます。

作者の意図としては、主人公の女性の内面に
閉じ込められた葛藤や倦怠感、過去の暗く重い記憶
などに、読者が直接対峙してほしいと希望しています。

もし必要であれば、なるべくI/my/me/mineという言葉を
文章中に含め、読者が誰の心理状態を描写しているかを
理解しやすい表現に修正することもできます。
同時に、全ての文章を、私は~と思う、私は~と感じた、
などのように単調な同じパターンの文型にするのではなく
バリエーションを持たせ、なんとか表現に工夫を加えた
日本語表現を考えてみたいと思います。
以下の例文を参考にしていただき、翻訳修正の可能性について
アメリカの作家の方と一緒に、検討していただけないでしょうか。

以下にいくつかの修正文を例示してみます。

(例1
・オリジナル文章
朝を迎え、浅い眠りから目覚めると
また新しい一日が始まったのかと、軽いため息が出る。
・修正文章
朝を迎え、浅い眠りから目覚めると、
私の新しい一日は、いつものように
軽いため息とともに始まる。

(例2
・オリジナル文章
いつまでこの単調な繰り返しの日々が続くのか・・・
最近はそう感じるようになっていた。
・修正文章
いつの頃からか、私の心の中には、繰り返しの
単調な日々がもたらす、けだるさが拡がっていた。

(例3
・オリジナル文章
数年前には、すでに女性の平均寿命を超えてしまっていた。
・修正文章
数年前に、私の年齢はすでに女性の平均寿命を超えてしまっていた。

お手数をおかけして申し訳ありませんが、ご検討
くださいますよう、宜しくお願いします。
(転記修了)


 今日の以上のやりとりをしながら、改めて日本語は世界で最も難解な言語だ、という評価は正しいと思った次第だ。ほとんどの言語には主語が不可欠のようだ。しかし、日本語には主語の無い文章は日常的にたくさん存在する。

 自己の主張、相手の特定などを避け「角の立たない」表現や「婉曲的な表現」によって、阿吽の呼吸で人間関係を維持するための知恵なのだろう。勿論、英語にも婉曲表現が存在する。しかし、日本語の行間に存在する意味の幅と深さには、日本人独特の感性と国民性が湛えられているのではないだろうか。

 日本語の「行間を読む」と、英語の「Read between the lines」の構造は酷似していると思うのだが、その深さと幅に至っては、やはり国が異なれば、それぞれに異なるのではないだろうかと思った次第だ。日本的なメンタリティを、異国の読者が同じ感性で共感するとは思えない。おそらくは、起承転結の意外性でストーリー展開を追う作品の方が、遙かに理解されやすいだろうと感じている。
 
 そして結論になるが、私は人間の持つ心の様々な表情に興味を持っている。感動、平安、癒し、悲哀、失望・絶望、憎悪、葛藤、焦燥、落胆・・・あらゆる感情体験を乗り越えて、収束する方向を予知し、進むべき道を暗示したいと思っている。

 国籍は違っても、人間である以上は共有し合える領域が存在すると思っている。正義感だったり信念だったり、寛容さ、慈愛、思いやり、正直さ、誠実さ、勇気かもしれない。国境を越え、地平線や水平線をも越えて、読者の心に届くメッセージを、短編作品の形でお届けできれば、それにまさる喜びは無い。

 読了語に、勇気や励ましを心の中で感得し、そのまま育ててくだされば、それが私の本望である。

 そんな訳で、私の多言語出版の試みは、まだスタートラインに立ったばかりではあるが、おそらく多言語出版の鍵は、まずはクオリティの高い英訳文の作成だという確信がある。その意味で、日本語に堪能な女性と、その友人の作家というネイティブの協力者を得ることができて、いいスタートを切れたのではないだろうか。

 進展があったら、その都度ご報告させていただきたい。あれこれに興味が尽きず、本当に困った人間だと自分でも思っている。


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by hirune-neko | 2018-10-04 23:50 | 創作への道 | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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