昼寝ネコの雑記帳

9月最後の日、1枚の絵の画像が送られてきた

Charles Aznavour - Comme Ils Disent

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 知人の絵画作品が二科展に入選し、展覧会があるという案内をもらっていた。最終日に、美術館に行く予定だったが、前日から体調を崩し、行くことができなかった。しかし、どのような作品なのか興味があり、是非見たいと思ったので、できれば写真に撮って画像で送ってほしいとお願いしていた。その画像がたった今メールに添付して送られてきた。

 なんとなく和風の作品をイメージしていたのだが、想像とは大きく異なり、洋風とも思える作品だった。しかしひと目見て、その存在感に圧倒された。横顔の表情だけ見せる女性・・・のように見えたが。表情にはリアリティーがある一方で、背景は抽象的に描かれていた。とても強烈な印象で、見た瞬間、「悔悟」と「惜別」という2つの言葉が思い浮かんだ。

 人生での選択を誤り、深い後悔の念に苛まれている。あるいは、大切な人との別離を受け入れ、手の届かない存在になってしまったその人物への深い思いが伝わってくる。

 作者はずっと、歌舞伎を素材に作品を描いていたと聞いていたので、送ってただいた絵に関する素朴な質問を、メールで送ってみた。すると、以下の返信があった。

 「歌舞伎は全員男性なので女性も男性が演じます。19年前から二科展に出品していますが、その時から、テーマは『変身』特に『男性の変身』を描き続けて来ました
 今回の題名は『貌暫』(かおしばらく)です。暫は歌舞伎の演目の名前です。」

 なるほど、ではやはり歌舞伎役者の顔だったのだ。しかし、女性に変貌しつつある男性と、素の男性の表情のコラボレーションなのだと理解した。

 私自身には、絵を描く才能がない。小学校の低学年の時、通信簿の図画工作はいつも決まって評価が2だった。自分には絵の才能がないのだと、すっかり自信をなくしてしまった。したがって、絵を描く人がどのようなモチベーションやイメージで作品を構成するのか、そのプロセスや心理的背景に全く理解が及ばない。

 知人に女流カメラマン(ラメラウーマン?)がいる。カメラで撮る場合は、被写体を見て感性で捉え、カメラを向けて作品が出来上がるるのだろうと、何となく想像することができる。

 しかし、真っ白なキャンバスに向かい絵筆を手にしたときに、一体どのようなプロセスでそこに人物や表情が描かれるのか、全く想像ができない。

 しかし、考えようによっては、何かのイメージが脳内に思い浮かび、それを展開させて短編小説を書くのと似ている部分があるのかもしれない、と想像している。確かに、カメラで撮影する現実の被写体と違い、登場する人物の年齢や性別、過去の生き方、心理状態などは、作者の自由な色合いに染めることができる。もしかしたら架空の人物を絵として描くのと、架空の人物の人生のあるシーンを、言葉で表現する両方には、共通した心理的なプロセスがあるのかもしれない。

 絵の画像を送っていただき、感想のメールを送信したら、同時入選したというもう1枚の方の画像も送っていただいた、せっかくなので、その2枚をご紹介させていただく。作者のお名前は、渡邊恵子さんである。
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 歌舞伎役者の男性が女性に変貌する。そのイメージが脳内に拡がったとき、シャルル・アズナブールが歌う「Comme Ils Disent」というタイトルが思い浮かんだ。コム・イル・ディーズと読み、英語だと「Like They Say」とでもなるのだろうか。「みんなが言うように」とでも訳せるのだろうか。

 母親とアパートの一室に住む、性同一性障害の男性の葛藤を、歌詞にした作品だったと思う。そういえば、この曲をブログに掲載したところ、フランス在住の知人女性が歌詞を和訳して送ってくれたのを思い出した。なんとか見つけようと探したのだが、見つけられなかった。2009年11月のブログ記事に、そのような記述があった。

 彼女は若い頃、音楽家を目指し、子どもを日本に残して単身渡仏したそうだ。人生の晩年になってから、もうすでに大人になった息子さんに、悔悟とお詫びの気持ちを伝えたいと思うようになり、出版化の相談を受けたが予算の関係で実現しなかった。あれから10年以上が経過した。施設に入ったと連絡があり、最近はやりとりが途絶えている。人ごととは思えないので、連絡を取ってみようと思う。
 
 1枚の絵からこの曲が思い浮かび、文章を書くうちに、彼女の人生の別離が改めて脳内に甦ってきた。何かの促しだと思うので、そのまま無視しないようにしたいと思う。


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by hirune-neko | 2018-10-01 00:41 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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