昼寝ネコの雑記帳

年間150冊ほどの本を読む人と会った

Bill Evans Trio - Haunted Heart

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 駅の改札口で待ち合わせた。彼は開口一番「10年ぶりですね」と言った。そうか、最後に会ってからもうそんなになるのか、と思った。

 駅ビルの中の喫茶店に入り、本題に入る前に、お互いの年齢や健康のことが話題になった。私が出版社を始めた当時、まだほとんど無名だったC・W・ニコルさんを引き合わせてくれたのは彼だっだ。何冊かの単行本と、季刊雑誌を企画してくれて、出版した。あれからもう、40年近くなるのだと思うと、感慨深い。

 いろいろなテーマで話をしたが、私がKindle本を多言語で出版することを目指している、と話したら、彼は電子書籍だと読んだ気がしないと言い出した。いまだに紙の書籍を愛読しており、多い時だと1日に3冊の単行本を読むと言った。年間で150冊近く読んでいると聞き、すっかり驚いてしまった。私の場合は、電子書籍をせっせとダウンロードするものの、なかなか読めないままになっている。1日に3冊も読むなんて、考えられないことだ。

 そんな博識の彼から、いくつか興味深い話を聞いた。第25代だったか26代目だったかの鷹匠と交流があるという。中東での鷹匠の歴史の方がもっと古く、アラブの王様がスポンサーになって世界中の鷹匠が一同に会する集まりがあると言う。意外な事実だった。まだまだ自分の知らないことがたくさんあるのだと、改めて思い知った。1人の人間が掌握できる範囲は限られていると思うが、私は私なりに自分独自の方向感覚で、探求を進めていこうと思っている。

 今日の話の主目的は、彼が小説を書いたので出版してほしいという内容だった。聞くとフィクションであり、アウトドアサバイバル周辺のテーマだと言う。現在の私にできること、難しい事をそれぞれ説明した。彼自身、出版企画や編集の経験が豊富なので、意思の疎通は迅速だった。

 年齢を聞くと、私より3歳上だった。それでも、積極的にいろいろな出版企画を考えていることが分かった。私自身にも出版したいテーマがあるが、仕事に追われる毎日でなかなか前に進まない。あれこれ出版の実務に関する意見交換をし、約1時間40分があっという間に経ってしまった。

 1981年の創業なので、かれこれ40年近くの付き合いになる。時間が経つのは早いものだ。と同時に、いくつかの戦場を一緒に経験した戦友のような懐かしさがある。そう感じた。

 当時の私は、アウトドア・サバイバルに興味があり、そのような傾向の出版物を何冊も出した。彼によれば、ワンサイクルが終了し最近はまた、アウトドアブームが始まっていると言う。それは知らなかった。

 正確な表現は忘れたが、確か当時はdown to earthという表現があったと記憶している。いわゆる虚飾を排し、大地に根を下ろした質実剛健な生き方やライフスタイルのことを指したように記憶している。昨今の社会情勢を見ると、1-Clickで収入を得るとか、プログラムされたソフトで自動売買し富を築くとか、あるいは社会的な様々な対立構造に対する議論が沸騰し、なかなかじっくりと深く考える世相ではないような気がする。

 それにしても、日本と日本人は良い意味でだが、世界の大きな潮流の影響を受けず、自浄作用を発揮して国の存続に多くの国民が結集しつつあるように感じる。

 あくまでもインターネット上の公開情報を見て判断するだけだが、世界情勢は臨界点とか飽和点という表現が適切なのではないかと思うほど、予断の許さない状況になっていると感じる。しかし、自然災害がいい例だが、日本人は深刻な被害に遇っても、整然とまた泰然自若として、周りの人たちと共存し苦難を乗り越えようとしているのが目につく。数日前に何かで読んだのだが、日本は2600年の歴史を有する、世界でも最も長い歴史を持つ国だそうだ。想像を絶する長い年月だと思う。特異な民族であるように感じる。

 類は友を呼ぶという言葉があるが、今の日本では自然発生的に、同じような価値観や問題意識を有する人たちが、知らず知らず出会い、仲間として組織化されているような気がする。それにはインターネットの働きが大きく影響しているのではないだろうか。

 個人としての自分の意見を述べることができる社会。長年にわたり、情報発信の根幹を独占してきたマスメディアが、虚偽の報道しても、今日ではあっという間にインターネット上で誤りを指摘されてしまう。

 今ではもう多くの人が知るところとなっていると思うが、その昔のスヒョン文章で公になったように、日本のメディアは特定の国の支配的な影響を受けてしまっていると言って良いのではないだろうか。その特定の国に対し、いわゆる忖度をすることにより、日本の国益に反する報道が、長年にわたってなされてきたと言うのは、既に周知の事実になっていると思う。

 そのようないびつな状況の中であっても、意識ある個人と個人が出会い、小さな輪を拡げることによって、その輪がさらに大きく形づくられていく、そのような時代に私たちは生きていると思う。

 久しぶりの古い仕事仲間に会い、私自身も自分の年齢を再認識した。そのせいか、急に疲れが出てしまったような気がする。これからは自分の限界と向き合いながら、様々なOA機器の機能や、志を同じくする人たちとの出会いを大事にして、少しでも長く、たとえ細くてもいいので何とか継続していきたいという気持ちを再確認した。

 たった今現在は、心身ともに消耗しきった状態ではあるが、自分自身を再構築する必要性を痛感している。言うだけではなく、有言実行にしなければならないと思っている。いわゆる老化との戦いである。


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by hirune-neko | 2018-09-29 23:18 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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