昼寝ネコの雑記帳

昼寝ネコの日曜学校・珍説「旧約の預言の現代訳」

Silvius Leopold Weiss - " Fantasie", guitar Asya Selyutina

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 今日は日曜日なので、気紛れに日曜学校を開講してみたいという気になった。

 かねてから、旧約聖書に登場する預言者は、その当時の人々に対する勧告や警告を発したが、同時にそれらは、末の日に生きる現代人に対する預言でもある、という宗教家の言葉を聞いたことがある。以前も一度、旧約聖書の中の預言の言葉を、現代に置き換えて解釈を試みたことがある。このブログのどこかに残っているはずだ。

 改めて考えたのだが、「預言」と「予言」にはどのような違いがあるのだろうか。「預言」とは、神聖で隠された言葉を神から預かり、人々に伝えることであり、従ってそれを伝えるのは「預言者」である。

 一方で、単に未来を予知し、その予測をなんの神聖な権威もなく述べるのが「予言」である。その意味では、ある種の「予言者」だが、それは個人的な見解を述べるものであり、神の言葉ではない。したがって私が何か予知的な予言をしたとしても、それはあくまでも独りよがりの予言にしか過ぎない。・・・当たり前だろう。

 今日は、旧約時代の預言者・アモスの言葉を、現代に当てはめて解釈してみたい。


【旧約聖書 アモス書8章11-12】
8:11主なる神は言われる、
「見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、
それはパンのききんではない、
水にかわくのでもない、
主の言葉を聞くことのききんである。
8:12彼らは海から海へさまよい歩き、
主の言葉を求めて、こなたかなたへはせまわる、
しかしこれを得ないであろう。

 
 ここでいう「主の言葉を聞くことのききん」という意味は、はてなんだろうか。おそらくは、私心や私利私欲を捨て、真善美を求め、他者を思いやる生き方を目指す人たちの、心の渇望なのではないかと考える。

 「彼らは海から海へさまよい歩き」の意味は、善き言葉・善き教えを探し求め、海面を走るウィンドサーフィンならぬ、ネットサーフィンによって、熱心に検索・探索する姿が思い浮かぶ。

 しからば、「しかしこれを得ないであろう」という否定的な言葉は、何を意味するのだろうか。真意は、「これを得ない」と断言するのではなく、「得ないであろう」、即ち、得られる可能性は低い、と述べているのだと思う。

 では、何故「主の言葉」は、容易に得られないと言われているのだろうか。あくまでも私個人の考えだが、いくつかの要素が理由として思い浮かぶ。

 1.たとえ真善美を求め、他者を思いやる生き方を目指して
  いたとしても、情報が洪水のように溢れており、なかなか
  到達できない。
 2.頭で理性的・論理的に考えてしまう傾向が強く、
  「心で感じる」感性を持たなければ到達しない領域にこそ、
  「主の言葉」が存在していることに気づかない。
 3.神学的に言えば、人間が神の領域に近づくことを邪魔する
  存在が巧妙に道をそらし、見失うように邪魔をしている。
  いわゆる、ルシフェル、またの名はサタンである。
 4.巧妙な手法とは、「主の言葉」に酷似した教え・考えを
  99種類与えて信じ込ませ、最後のひとつで欺すという
  手口である。

 こうして自己流に解釈してみても、なかなか真理に到達するのは至難のように読み取れる。しかし同時に、求めれば与えられ、叩けば開かれる、とも言われているので、決して悲観的になる必要は無い。ひたすら求め続けることである。
 
 聖書の解釈も人それぞれである。神学者・宗教家といえど人間の考えが大部分なのかもしれない。単純化して考えれば、神は実在するか、あるいは存在しないかのいずれかである。それだけは明白なのではないだろうか。つまり神は、知恵と徳のある人間によって創作された存在なのか、あるいは実在するのか、そのいずれかである。

 もし神が実際には存在しない創作された存在だとしたら、キリスト教徒だけでなく、旧約聖書を聖典と考えるユダヤ教徒もイスラム教信者も、愚かな存在だと言われても仕方がないだろう。

 かつて、ニーチェは神は死んだと言い、多くの無神論哲学者が特にキリスト教を否定した。私自身、学生時代にカミュに傾倒し、さらにはサルトルの実存主義の考えに染まりきった。キリスト教系の教会に乗り込み、聖職者と議論しに行ったほど、サルトルの考えに傾倒していた。

 あれから約45年が経過したが、その間ずっと自分自身との血みどろの格闘を経て、今の私は有神論者に「転向」している。理屈は何もない。否定と肯定、疑問、懐疑、自省、悔悟の繰り返しで実に進歩ののろい生き方をしてきたが、ようやくこの歳で、やっと有神論の初心者である。

 神に実際に会ってしまえば、それはもう信仰ではなく知識である、と誰かが言っていた。まだ見ぬ神の存在を信じる信仰を強める、というのがキリスト教の「信仰」の本質だと考えている。単に信じるということではなく、苦難の中での生き方や求め方、信頼し頼るという行為を繰り返すうちに、時間をかけて目覚め、感じるのが信仰の醸成の本質だと思う。

 したがって私は、ある意味では永遠の求道者であり、未だまみえてはいないものの、神なる存在を裏切らない生き方を続けて行きたいと願っている。

 ・・・なんだか訳の分からない展開になってしまったが、学生時代から何やら自分なりにずっと考え続けて来た結末である。理論や理屈だけを述べる人を否定しはしないが、個人的には目に見えずとも、心の交流ができ、信頼できる相手を大事にしたいと考えている。


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by hirune-neko | 2018-09-24 00:03 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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