昼寝ネコの雑記帳

とうとう禁断の道に踏み込んでしまった

Kurt Moll: Mozart - Die Zauberflöte, 'O Isis und Osiris'

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 ある国際的な団体が、世界中から短編作品を募るコンクールがあるというので、応募しようかなと思っていることを、以前このブログに書いた記憶がある。日本在住のアメリカ人男性が、日本人の作品公募の窓口になっていたため、質問のメールを送ってみた。ついでにもののはずみで、短編作品集を英語などの多言語で出版することに興味があると書き添えてしまった。

 するとすぐに返信メールが届いた。作品の応募そのものは日本語でのままいいが、もし英訳を希望するなら翻訳者を紹介する、と書かれていた。日本のある大学で、修士号を取得している女性だという説明を受けた。へえ、大したものだと思った。しかし正直に言うと、あまり気が進まなかった。なぜなら、部妙なニュアンスの表現まで、ちゃんとした英語に訳せるのだろうかと、疑問に思ったからだ。でもまあ、せっかくなので紹介を受けた、その翻訳者のアドレス宛てにメールを送ってみた、もちろん、普通に日本語でだ。

 今日までに、その女性翻訳者とは何度もメールのやりとりをした。彼女の日本語は普通に漢字混じりで、文法的に不自然なところはひとつもない。もし第三者に見せても、日本人が書いた文章だと思うだろう。翻訳は馴れているようだが、文学作品は初めてだという。正直で謙遜な人だ。

 何年前のことだったか忘れたが、自分の書いた短編作品を英語だけでなく、主要な多言語で出版してみたいと思うようになった。確かそのためのサイトを作った記憶があるので、確認したら開店休業状態ではあるものの、ちゃんとおとなしく待機してくれていた。

 サイトの名前は「多言語出版コミュニティ MLCC, Multi Language Creators Community」となっている。それなりにコンテンツを詰め込んでいるので、かなり本気だったようだ。あくまでも推測なのだが、Kindle版の電子書籍を製作するノウハウさえ身につけば、あとは多言語の原稿を入手するだけで、自分で出版・流通できると考えたようだ。なんというか、恐ろしいというか、おめでたいというか、やはり自分が妄想家であると改めて自覚した次第だ。

 その後は仕事や老母の遠距離介護に忙殺され、多言語出版熱は醒めてしまっていた。ところが、この度の一連の流れで、またもや多言語出版症候群が再発してしまったようだ。恐ろしいことだ。

 翻訳料、締め切り日などの諸条件に合意したが、予算の関係で応募予定作品3点のうち、2点の翻訳をお願いすることにした。ひとつの作品の舞台はアメリカ東部の都会であり、孤独に暮らす高齢の女性が主人公だ。もうひとつは、北欧の北極圏に近い小さな町に住む少年が主人公だ。別に純和風という訳ではないので、果たして国際的に通用するかどうか、試してみたいという気持ちが強い。

 今回知り合った皆さんにも助言をいただき、海外の出版社や新聞社が興味を持ってくれるかどうか、リサーチしてみたいと思っている。

 いやあ、我ながら一体何を考えているのか・・・いや、実際には具体的な組み立てをちゃんと考えているのだが、それにしても身の程知らずというか、なんというか・・・。しかし、永年の希望であり夢でもあり、一度はチャレンジしてみたいという気力が甦っている。

 どこからも、誰からも、見向きもされないかもしれない。しかし、どこかの出版社の好奇心の強い編集者が、紀元前1000年に古代イスラエルで生まれたと思い込んでいる異色の短編作家、しかも東洋の不思議の国・日本在住、というミステリアスな部分に興味を持ってくれないだろうか。淡い期待である。

 まあ、妄想は誰にも迷惑をかけないし、お金がかかるわけでもないので、質素な趣味だと言ってもいいのではないだろうか。

【参考資料】
c0115242_00521663.jpg
・サイト 多言語出版コミュニティ 
 MLCC, Multi Language Creators Community


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by hirune-neko | 2018-09-03 00:54 | 創作への道 | Comments(0)
<< 時間は容赦なく経過していくもの... セプテンバー・フール〜正真正銘... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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