昼寝ネコの雑記帳

妄想脳から実務脳への転換努力中である

Desafinado by Joao Gilberto

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 ちょっとでも時間的な隙間があると、脳内環境が妄想モードになってしまう。いつも創作ストーリーが思い浮かぶというのではなく、時々は仕事に関するいろいろなシーンのイメージが浮かぶ。それらを組み合わせて企画書や提案書を作っているので、必ずしもいつも無益な時間を過ごしているわけではない・・・言い訳である。

 今日は張り切って、お昼過ぎにウォーキングに出発した。まるで真夏に逆戻りしたかのような熱気で、すぐに汗が流れ始めた。こんなときは炎天下を歩かず、涼しいマルイの館内フロアをグルグル回ろうと思った。ところが、今日はマルイもノクティも全館休業だった。あまりも暑いので、駅に隣接したビジネスホテルにあるデニーズでひと休みしようと考えた。ところが、入口を入ると順番待ちの家族連れで溢れていた。

 方針を変更し、イトーヨーカドーまで歩き、看板を確認したら3階にレストランがあった。行ってみたら、サイゼリアだった。待たずに席に案内されたのでほっとした。食後だったので、プリンとなんとかという冷菓のセットを注文し、ひと息入れた。

 一気に8000歩はとても無理だと判断し、帰途についた。途中、セブンイレブンでシュガーコーン(アイス)を購入した。レジの順番を待っていたら、後ろからトントンと肩を叩かれた。振り向くと、ブラジルから来日している男性と日本人男性の二人連れだった。ブラジル名前はさすがに覚えるのに時間がかかったが、なんとかすぐに名前が出た。

 彼は、私が昨日購入したBluetooth対応イヤフォンを両耳につけていたのを目にし、なんの音楽を聴いているのかと質問した。ジャズだよ、というと、へえという笑顔になった。いつかそのうち、ボサノヴァを歌って聴かせて上げるね、というと嬉しそうに笑った。小さな音量で、イパネマの娘の最初の数小節を英語で歌うと、さらに嬉しそうな笑顔になった。

 しかし、個人的にはボサノヴァを英語の歌詞で歌うのは、ボサノヴァに対する冒涜だと思っている。苦労しても、ポルトガル語で歌うべきだというのが、私の考えだ。かなり以前、デサフィナードという歌をギターの弾き語りで、原語で歌おうと思ったことがある。コード進行さえ覚えてしまえば、なんとかギターは弾けると思う。しかし、さすがにポルトガル語は私にとって難関だった。

 何年も前に、アマチュアコンサートに出演したことがある。ギターの上手な知人に伴奏をお願いし、イパネマの娘とデサフィナードの2曲でエントリーした。イパネマの娘は英語で暗譜していたのでなんとか歌えた。しかし、ポルトガル語はとうとう暗譜できず、パパパヤパ・・・とスキャットでごまかして歌ってしまった。それでも観客席には大受けだった・・・というのは真っ赤な嘘である。でも、評判は良かったようだ。

 そんな一日だったので、夜になってジョアン・ジルベルトの歌うデサフィナードをYouTubeで探してダウンロードした。Googleではポルトガル語の歌詞を探し、保存した。つまり、もう完全に妄想モードであり、どこかにしまい込んだ楽譜を探し出して、弾き語りにチャレンジしようという気になってしまっている。我ながら救いようがない人間だと思う。

 新しい営業体制を構築しようとしているのに、ポルトガル語でギターの弾き語りに挑もうとするなんて、我ながら本当に呆れた自分だと思っている。しかし、間違っても小野リサに対抗してボサノヴァ歌手デビューしようなどとは、みじんも考えてはいない。どこぞの音楽事務所のプロデューサーから声をかけられたら、その決心もぐらつくかもしれないが。笑


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by hirune-neko | 2018-08-23 00:51 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 夏はボサノヴァで爽快に乗り切ろ... 本当に久しぶりでデパートに行った >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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