昼寝ネコの雑記帳

今日は一日中、映画のサウンドトラックを聴いていた

The Deer Hunter Soundtrack

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 昨晩ダウンロードした、「映画のサウンドトラックを集録した」アルバムを、今日は、何度も聴いていた。全部で14曲。そのうち実際に映画を観ているのは、おもい出の夏、真夜中のカウボーイ、白いドレスの女、だけだった。

 真夜中のカウボーイなんて、確か高校生の時に学校をサボって映画館に入って観たと記憶している。遠足をサボって同級生2人と、デパートの食堂でたむろしていたら、変なおじさんが近寄ってきた。なんだこいつ、と思ったら私服警官だった。生徒手帳の提示を求められ、「タバコを持ってないね?ポケットを見せなさい」と言われたので、堂々とタバコが入っていない方のポケットを開けて見せたら、それで終わった。ずいぶんチョロい警官だと思ったものだ。

 それで無罪放免だと思っていたら、甘かった。翌日の朝会で担任の教師が私を睨み付け、「昨日はどこに行ってたんだ」と怒気を含んで質問した。あの私服警官が報告したのだ。
 
 ふてぶてしかった私は、「さあ、どこでしたっけ?」と答えた。教師はさらにボルテージを上げ、「胸に手を当てて考えてみなさい!」と命じた。そこで私は右手を胸に当て、首をかしげて何も答えなかった。担任教師は物理の先生だったが、修学旅行以来、とにかく私を毛嫌いしていた。

 修学旅行での「事件」は、今でも憶えている。滞在先の旅館の2階の部屋から外を見ていたら、その教師が門限時間を過ぎて、慌てて旅館の敷地に入ってきた。なんと、同級生の女生徒と一緒にだ。「なんだ、こいつ」と思った。

 何もすることがなかったので、同室のみんなから携帯ラジオを何台か集め、部屋のあちこちに置いて、大きなボリュームで同じ音楽を流した。すると、すぐに例の教師が血相を変えて部屋に飛び込んできた。不機嫌そうに怒りの表情を露わにし、目に留まったラジオを手に取るとスイッチを切った。切ったものの、まだ音楽は止まない。焦った表情で、彼は部屋中に視線を向け、もうひとつのラジオを見つけると、足早にラジオに近寄り、スイッチを切った。当然のことだが、音楽はまだ止まない。完全に理性を失った教師は、最後のひとつにとどめをさすと、さすがに何かを言う気力を失い、引き上げていった。

 私は、なんて素行の悪い高校生だったのだろうと、改めて思っている。あの物理教師は確か、大学を卒業して間もなかったはずだ。教育者としての使命感と希望を胸に、市内一番の進学校に職を得たというのに、よりによって私のような、煮ても焼いても食えないような生徒の担任になってしまい、今となっては深く同情している。

 あの先生が、今日のこのブログ記事を目にする可能性はゼロだろう。しかし、同窓生で伊達市の市議会議員であるH氏は、最近ブログ読者になってくれているので、苦笑いしながら当時の私を思い出すだろうと思う。仕事上でいろいろお願いしているから弁解する訳ではないが、今の私は正真正銘、真面目に更生した高齢者である。公安警察の監視対象にもなっていないはずなので、どうぞご心配なく。その関係で、やはり同窓生の「伊達缶」というあだ名で呼ばれていたI氏とも、ごく最近Facebook友だちになっているので、もしかしたらこの記事を読み、大笑いするかもしれない。

 もう半世紀が経過している素行なので、とっくに時効だと思っている。

 そんなことより、私はそう遠くない将来、国会に参考人として招致され、とくに野党の辣腕議員の皆さんからの、厳しい質問に曝されることを想定し、時々脳内で模擬訓練をしている。それは、マスコミが報じない実態を調査し、公開情報として発信するからだ。論点のいずれかに偏った断定情報を発信するつもりはない。あくまでも両論・各論並記が原則であり、最終判断は有権者の皆さんに委ねる、というスタンスである。

 余命初代のかず先生が存命中の、「第一発信者にならない」よう、慎重に情報を開示した、という言葉が印象に残っている。「私はアメリカ国防省および中央情報局のレベルCまでは、自由に閲覧できる権限をホワイトハウスから与えられており、かつ公にしていいとの許可もいただている。この情報が虚偽だというのなら、私を責めるのではなく、情報源である米国防省および中央情報局に対し、虚偽情報であることを立証し、削除してもらっていただきたい」・・・とまあ、こんな感じで啖呵を切ってみたいものだ。

 もしかしたら国会の委員会で、百戦錬磨の偉大な野党議員の先生達と直接対峙するための訓練として、私の反骨気質は半世紀以上前から培われてきたのかもしれない・・・というのが今日の妄想である。実際の私は、とても人情家で優しい性格なので、事を荒立てないよう周到な戦略で進めるので、どうぞご心配なく。

 おあとがよろしいようで・・・。


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by hirune-neko | 2018-08-07 01:43 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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