昼寝ネコの雑記帳

月末の繁忙な時間を過ぎたが、過越しの祭りどころではなかった


Astor Piazzolla - Soledad

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 午前中、地元の集配郵便局から電話があった。「みるとすファミリー・インテリジェンス」宛てに荷物が届いているものの、名前が登録されていないので、そちらで間違いないかどうかの確認だ、という。はい、こちらの一部門ですと答えた。程なくして、配達の男性が配達に来てくれた。ちゃんと、表札に書いてありますね、と確認してくれた。

 ゆうパックで送られてきた包みを受け取ると、ラッキョウの匂いがした。能登にお住まいのブログ読者の方が、小ラッキョウの皮をむいて漬けてくれたものだ。

 確か昨年だったと思うが、同居している当時94歳の義母が、食欲をなくして食べられなくなってしまった。そのとき、小ラッキョウの酢漬けが食べたいと言った。そのやりとりをブログに書いたところ、能登の地元で採れたラッキョウを漬けて送ってくれた。義母はとても喜んで、おかげで食欲が出て来たといういきさつがある。

 暑い中にもかかわらず、手間暇をかけて作っていただき、再びお送りくださって、改めてお礼申し上げる。

 
 勿体ぶったような言い方になってしまうが、ここには書けない事態が起きるかもしれない。物騒なことなのではなく、私の仕事上のことだ。これから徐々に包囲網を狭めていく初期段階なので公開するとはできない。

 以前にも書いたが、日本のバブル崩壊では、私だけでなく多くの人たちが深い痛手を負った。日本中に不況の嵐が吹き荒れ、自殺する経営者もかなり多かったと記憶している。残念ながら、私は自殺するなどという繊細なメンタリティを持ち合わせていない。例えば何か非常事態になったとしたら、集中力が異常なほどに研ぎ澄まされ、現実的な判断力が高まってしまう。決して動揺せず、慌てふためかず、しかもすっかり居直ってしまうので、ある意味では怖い物なしである。

 あれはバブル崩壊の一年以上前のことだった。当時は神保町のすすらん通りと、明治大学の裏側の2カ所に事務所があった。スタッフが何十人かいたのだが、日本経済が大変な状態になって行くと、取引先銀行の支店長から説明を受けた。そのとき、すでにその予兆を感じていたので即断し、スタッフ全員を集め頭を下げて解雇の通知をした。

 あれからもう20年は経過しただろうか、いや、もっとだろうか。業態の実質的な再構築だったので、売り上げもほぼ消滅状態から積み上げなければならなかった。しかし今になって振り返ると、深刻な状況に追いやられたにも拘わらず、不思議と売り上げや利益だけを視野に入れる選択はしなかった。自分自身の拘りを捨てず、持ち続けたことが結果的には正しかったと思える。

 外注予算がなかったので、見よう見まねででQuarkXpressという編集ソフトを学び、Excelもゼロから習得し、4th Dimension(現在の4D)というデーラベース構築ソフトを学び、さらにはゼロからサイト構築をしようと考え、試行錯誤しながらQuick Homepage Maker(現在はHAIK)での技術を習得した。

 いわゆる、長い長い下積み生活である。しかし、そのおかげで費用をかけずに、いろいろな提案企画を立案できる下地ができた。改めて、「苦難は忍耐を生み、忍耐は練達を生み、練達は希望を生む」という言葉をかみしめている。

 抽象的で、さっぱり具体性のない内容で申し訳ないのだが、いずれ決定したら改めて報告させていただく。


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by hirune-neko | 2018-08-01 00:58 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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