昼寝ネコの雑記帳

我が人生は、なかなか居心地がいい・・・迷いもあり試練もありで

J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase

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 ひとくちに戦争といっても、実にいろいろな戦いの局面がある。最前線で敵軍と対峙し、砲火を交える局面もある・・・あると言っても、私には実戦経験がないので、あくまでも映画による疑似体験からの判断である。かと思うと、敵国の中枢組織に浸透潜入して、スパイとして機密情報を収集し、本国に送る人間も存在する。さらには敵国で一般市民になりすまして生活し、本国からの指令があれば、無差別テロなどの破壊工作を行うスリーパー工作員も存在する。実に多面的ではないだろうか。

 今日の余命ブログ(余命三年時事日記)を訪れると、真っ先に目に飛び込んできたタイトルは2627 五十六パパ横浜簡易裁判所へ提訴」だった。

 この「五十六パパ」は、瑞穂尚武会会長の津﨑尚道氏の俗称であり、余命記事によれば「津﨑氏は2016年10月26日第一次告発~第三次告発まで、ただ一人、皆さんの委任を受け、代表として延べ数十万通にも達する告発状をもって検察と戦った御仁である。なんてったって最初は一人だったのだ。まさにコロンブスの卵で、彼の勇気には改めて敬意を表したい。第四次~第六次の個人告発の原点がここにある。」と説明されている。(余命上記記事より引用)

 いわゆる、川崎市で今もなお争点となっている、川崎デモに関連した提訴が記事の内容である。「五十六パパ」に関連した書籍はこれまでに4冊、自費出版で刊行されている。「テロリストと川崎デモ上・下」、「五十六パパかく戦えり上・下」である。

 その「五十六パパ」が、横浜地裁に対し、三木恵美子弁護士を提訴したそうで、その訴状を余命ブログ上で公開している。訴状に目を通したが、かなりの長文なので、一部だけを転載すると・・・被告である三木恵美子弁護士等が作成した「ヘイトデモ禁止仮処分命令申立書」の中で、「五十六パパ」のことを次のように記載したという。

(以下、余命上記記事より引用開始)
原告津崎に関し、『債務者(三木恵美子弁護士・昼寝ネコ注記)は、「行動する保守運動」(代表者:桜井誠こと高田誠、同人は「在日特権を許さない市民の会」代表をかねる)と称する排外主義で民族差別を扇動する街頭宣伝やデモ(以下、「ヘイトデモ」という)を行う連合団体に属する活動家の1人である』と記載している(下線は原告津崎が付記)。
しかし、これらの記載は虚偽である。
なぜなら、原告津崎(及び同人が代表の任意団体である瑞穂尚武会)は、「行動する保守運動」の「連合団体」に属しておらず、「在日特権を許さない市民の会」の会員でもない。
 *中略
被告(三木恵美子弁護士・昼寝ネコ注記)らがヘイト団体と主張する「在日特権を許さない市民の会」に原告津崎(及び瑞穂尚武会)が所属していないにも拘らず、所属しているような印象を与え、かつ、排外主義者で民族差別を扇動し、ヘイトデモを行っていると断定したことは、社会的相当性を逸脱した原告津崎への誹謗中傷・侮辱にあたり、名誉権及び名誉感情という人格権及び人格的利益を侵害するものである。
(以上、余命上記記事より引用終了)


 もう何年前のことになるだろうか。川崎市の恒例行事として、隔年毎に川崎市民劇が行われている。川崎にちなんだ歴史や文化を素材に、劇作家の小川信夫先生が永年に渡って脚本を担当されている。毎回、なかなかの力作・大作である。
 ある年度の作品を観劇させていただいたが、その作品には在日朝鮮人の皆さんが登場した。観劇後、出過ぎたこととは思いつつ、小川先生に個人的な感想を書いてお送りした。相当以前のことなので、お伝えした内容の詳細までは憶えていないが、要するに日本人が一方的に、在日の皆さんを差別していると受け取れる表現だと感じたため、昨今、政治意識が高くなっている日本人市民が増えており、そのような日本人にとっては違和感を感じる内容だと思う、という主旨だったはずだ。

 その後も毎回、川崎市民劇を観劇させていただいている。その後の作品にも在日朝鮮人の皆さんが登場したが、違和感を感じるようなシーンはなかった。

 現・福田川崎市長は、ヘイト条例を巡って激化する一連の動きの渦中にあり、その対応にご苦労されているのではないだろうか。最近では瀬戸弘幸氏が糾弾する、川崎での言論弾圧問題も抱え、野党国会議員の介入など、私だったら逃げ出したくなってしまうような状況だ。

 一部で、余命ブログは弁護士に対する懲戒請求を主導していると名指しされ、一方では当の弁護士による懲戒請求者に対する脅迫的な訴訟が新たな反発を生み、請求者の個人情報不当開示などもあり、弁護士会自体も不本意な注目を浴びてしまっているのではないだろうか。

 ひと頃では考えられなかった、一般市民による弁護士に対する懲戒請求や司法関係者への訴訟など、人種・国籍の境界線が曖昧なまま推移してきたここ日本では、一般国民の間での真相解明が進み、論点が劇的に表面化していると感じている。

 触れられたくないと考えている人たちが多く存在する領域で、ついには対立構造が表面化してしまったようだ。しかし、この流れはもう誰にも止められないのではないだろうか。なぜならば、実態を知った、国の主権者たる一般国民の総意が大きなうねりとなりつつあり、過去のしがらみを引きずる政治家が下手な動きに出れば、あっという間に有権者の反感を買い、支持率の低下から選挙での落選という、負のスパイラルリスクが顕在化するだろうからだ。

 私も川崎市民の一人なので、事態の推移を注視したいと思っている。しかし、このような政治的論点・争点はほぼ限りなく存在するため、私はあくまでも私らしく、自分のできる範囲で、引き続きマイペースの種蒔きを継続したいという思いを新たにしている・・・といっても、別に大したことをしているわけではないが・・・。

 明日は・・・もうすでに今日になってしまったが、大きな台風が襲来する。読者の皆様には十分注意をされて、安全にお過ごしいただきたい。

【参照記事・余命三年時事日記】
「2627 五十六パパ横浜簡易裁判所へ提訴」


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by hirune-neko | 2018-07-28 01:13 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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