昼寝ネコの雑記帳

昨晩は、ご心配いただきお礼を申し上げる

L'un part, l'autre reste (Charlotte Gainsbourg)


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 目の中にギザギザの光が現れるという初めての経験のため、いささか驚いてしまったが、今日は多少の見えにくさは残るものの、いつも通り仕事をしている。ご心配や激励のお言葉をいただき、お礼申し上げる。

 最近の報道や、いろいろな方のブログ情報を閲覧していると、表面化している論点の本質や根源までが深く掘り下げられ、まるで隠し通したいと思っていた恥部が、いとも簡単に衆人環視の場所で、曝け出されつつあるという印象を受ける。

 それは北朝鮮や韓国、中国の指導的立場の人たちだけに留まらず、ここ日本でも同様なのではないだろうか。かつては、国会議員といえば雲の上の人だった。弁護士や裁判官ともなると畏敬の眼差しで見られていた。それが今ではどうだろうか。

 詳細をつまびらかに述べようとすると、焦点が拡散してしまうように感じる。特に政治家は、一定の正義感、理念、哲学、理想、人徳などが求められる職業だと思う。無論、そのような政治家はそれなりに多く存在するのだろうと思う。しかし、公開されている情報を概観しただけではあるが、その出自や背景に疑念を持たざるを得ない政治家や法曹関係者が、散見される時代になってしまったようだ。

 世界は陰謀と謀略に満ち、その闇は深い。私には、それら全てと対峙して立ち向かうだけの器量などない。しかし、興味を持つ人の耳許で囁き、知りたいと思う人の目に触れる文字を書きたいと思う。それは、実体を知る人が一人でも増えれば増えるほど、国家が健全になると思うからだ。なんて気の遠くなるような手法だろうかと、自分でも思う。

 強い陽射しの中で、荒れ果てた大地に、一粒ずつ種を蒔き、そのひとつひとつに、期待と希望と願いを込めている、まるで楽天家の農夫のようである。トラクターも耕運機すらもなく、肩に鍬を担ぎ、雑草に足を取られながら、ただひたすら黙々と、耕地となる場所を探し歩く、時を忘れた農夫のようでもある。

 種はそのままだと、一粒のちっぽけな存在かもしれない。しかし、その一粒が至るところで芽を出し、茎が伸び、やがては空の鳥が来て、その枝に宿るほどの木になるならば、かつての荒れ地が鬱蒼とした森に変貌する。

 夏ともなれば、多くの人が強い陽射しを避けて森を訪れ、涼を得る。悪しき人が森に入り込めば、ついには道を見失い、諦めて森を離れる。

 すぐに結果を得たい人の多い時代だと思うが、それなりの時間と労力をかけることによってこそ、種は芽を出し、茎が生長して枝を張るようになるのではないだろうか。

 猛暑、大水害、台風などの自然災害。人の奸智奸計による陰謀と謀略。有事事態の発生。無差別テロの可能性など、懸念材料が山積する時代である。まるで難解な高次方程式に行く手を塞がれてしまったように、気が遠くなってしまうこともある。

 少しでも多くの人たちから評価されたい、と思うことはない。たった一人の人であっても理解し、共鳴し、激励してくれればそれで十分である。ある意味では、孤独な長距離走者のような感覚なのかもしれない。

 実は、今日もまたやってしまった。交差点で信号待ちをしていたら、自転車の後部に座り、灰色のヘルメットを被っていた小さな男の子が、両手でお母さんの肩をパンと叩いた。思わず男の子に向かって「お母さんをいじめちゃだめだよ」と言ってしまった。するとお母さんは笑顔いっぱいで振り向き「いじめているんじゃないんです。甘えているんです」と言った。男の子は困惑した悲しそうな表情だったので、私はまた話しかけた。「お母さんの肩をモミモミしてあげなさい」するとその素直な男の子は一転して穏やかで得意気な表情になり、小さな両手でお母さんの肩を揉み出した。

 どうも、小さな子どもを見かけると、何か話しかけたくなってしまう。仲のいい親子を見るのは、心が和むものである。見ず知らずの親子であったとしても、とても親近感を感じてしまう。

 とっくに適齢期を過ぎても縁のない人。子どもに恵まれない夫婦。幼い子どもを亡くした夫婦。重度の障がい児を抱える夫婦。離婚して独りで晩年を送る人。不仲の親子。統合失調症で心が安らがない人。・・・無邪気な表情の子どもと、それを見つめる両親の愛情溢れる笑顔。そんなのどかで平和な光景と、苦しみ悩む人たちの姿が、私には二重写しになって見える。
 
 悲しみの表情が、満ち足りた笑顔に変わる瞬間。不安と怖れに満ちた社会が、平安と安らぎを取り戻す瞬間。そのような変貌の瞬間に立ち会えることがあったら、それは私にとって、何物にも代え難い至福のひとときである。


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by hirune-neko | 2018-07-27 00:20 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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