昼寝ネコの雑記帳

ボサノヴァとともに涼風をお届けする

Rosa Passos - RETRATO EM BRANCO E PRETO - Chico Buarque - Parque Ecológico do Cocó - SOS

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 南米には一度も行ったことがない。あくまでも想像の域を出ないが、なんとなくリラックスした雰囲気の土地柄なのではないだろうか。夏の空気も湿気がなく、からっとしているのではないだろうか。

 街を歩けば、長い髪を風になびかせた小麦色の肌の、長身の女性とすれ違う。そんな情景がボサノヴァの曲になっているというイメージが浮かぶ。

 ボサノヴァではおそらく、最も著名な曲のひとつに数えられるイパネマの娘。アントニオ・カルロス・ジョビンが、ヴィニシウス・ヂ・モライスの詩に曲をつけたそうだ。あまりにもポピュラー過ぎる曲なので、今日はRETRATO EM BRANCO E PRETO(モノクロの肖像画:読者causalさんの通報により修正)を選曲した。いろいろな歌手が歌っているが、Rosa Passosの歌がいいと思っている。

 イパネマの娘という曲が、どのような背景で出来上がったのか。それを知るだけでも、ブラジルの空気を吸ったような気分になる。以下に、そのエピソードを転載して紹介させていただく。連日の猛暑なので、せめて想像の世界で、リオの海岸通りを歩きながら海から吹きつける涼風を感じていただきたい。

【イパネマの娘〜Wikipedisより転載】
(前略)
 当時、ジョビン、モライスなどのボサノヴァ・アーティストたちは、リオデジャネイロのイパネマ海岸近くにあったバー「ヴェローゾ」にたむろして酒を飲むことが多かった。

 このバーに、近所に住む少女エロイーザ(本名:エロイーザ・エネイダ・メネーゼス・パエズ・ピント、Heloísa Eneida Menezes Paes Pinto 1945年 - 。のち結婚でPinheiroと改姓したため、エロイーザ・ピニェイロの名でも知られる)が、母親のタバコを買いにしばしば訪れていた。彼女は当時10代後半、170cmの長身でスタイルが良く、近所でも有名な美少女であった。
 ジョビンもモライスも揃って非常なプレイボーイであり、事にモライスはその生涯に9度結婚したほどの好色家であった。女好きの彼らはエロイーザの歩く姿に目を付け、そこからインスピレーションを得て、「イパネマの娘」を作ることになった
 この際、ジョビンとモライスが、ヴェローゾの店内で即席に曲を作ったという説が広く流布しているが、実際の作詞・作曲自体はそれぞれの自宅である程度の期間をかけて行われたもので、伝説とはやや異なる。
 作曲のきっかけの場となったバー「ヴェローゾ」は、のちにこの曲にちなみ「ガロータ・ヂ・イパネマ」と改称され、2007年現在でも営業が続いている。
(後略)
*引用先:Wikipedia


 ところで、東日本大震災のときに、家族を亡くされた皆さんのメンタルケアのため、ある福祉団体が「大切なわが子へ」の天使版をベースにした絵本を、被災者の皆さんに寄贈した。子どもを亡くされたケース、親を亡くされたケース、さらに避難所で生活する子どもと家族を励ますための3種類の文章を作った。
 このたびの豪雨でも、かなりの方々が亡くなり、行方不明になっている。避難生活の方も多い。そこで、出過ぎたことととは思いつつ、福祉団体に電話を入れた。担当者の方の話では、スタッフ2人が現地入りしており、帰還し次第どのようなサポートが必要かを話し合うという。
 弊社の絵本を寄贈するという話になると以前同様、被災地全域の地方新聞社を訪問し、絵本寄贈の記事掲載をお願いすることになると思う。東日本大震災のときは、北海道新聞を皮切りに、青森、岩手、宮城、福島の新聞社、十数社を訪れた。
 まだまだ暑い時期ではあるが、被災された皆さんのご苦労と悲痛な気持ちをを思うと、冷房の効いた部屋でごろんと横になり、昼寝三昧という訳にはいかない。もしかしたら、私にとっても暑い夏になるかもしれない。


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by hirune-neko | 2018-07-19 23:52 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by causal at 2018-07-20 10:33 x
おはようございます。
Retrato Em Branco E Preto 別名「黒と白の肖像画」「ジンガロ」ですね。
「イパネマの娘」は長調でこちらは短調の「小さな娘さん」。
「長方ないか」「短方ないか」「長短そろいました。イザ勝負!!」あっ、IR法案可決か否かの時期ですので
つい、悪乗りしてしまいました。引っ込みます。
Menina Moca (メニーナ・モッサ或いはミニナ・モサ) 小さな娘さん 日本ではメニナ・モカ。
Commented by hirune-neko at 2018-07-20 13:12
caualさん

教えてくださり、有難うございます。
「黒と白の肖像画」の表現の方がずっといいですね。
あまり邦題を気にしていませんでしたので、
適当に訳してしまい、失礼しました。

Menina Mocaですが、知りませんでした。
今、YouTubeで聴いています。
おっしゃるように、
ボサノヴァは長調が一般的だと思います。
私は単調系の音楽が好きなんです。

IR法案は可決の見通しなんですね。
パチンコ規制はこれからでしょうか。
大荒れになりそうですね。

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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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