昼寝ネコの雑記帳

晩年になってから、目覚めることがあるのかもしれない

"DESPERTAR" - Astor Piazzolla

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 仕事をしていれば、誰にだって浮沈はつきものだと思う。かなり以前のことだが、不動産の賃料収入が潤沢にあり、ずいぶん楽をした時期があった。不動産は、仕組みさえちゃんと作り上げ、テナントが埋まっている限りはとても楽なものだ。極端にいうと、何もしなくても一定金額が銀行口座に振り込まれてくる。
 
 しかし、今になって当時の自分を振り返ると、いわゆるどんぶり勘定の放漫な経営者だった。その後アメリカ発の景気後退が起き、やがて日本にも波及してバブル崩壊という深刻な事態に陥った。当時、取引先の都市銀行の支店長とは、かなり頻繁に交流があったが、その支店長から「これからの日本は大変なことになる」と助言された。バブルなどという言葉を誰も使っていなかった時期だったが、支店長自らが不動産売却の斡旋に動き、借入の圧縮の手助けをしてくれた。しかし、時すでに遅く、私自身も致命傷を負うことになった。

 当時はすでに出版社を始めていたが、不動産賃料収入という後ろ盾を失ったため、辛酸を舐める時期が始まった。売り上げなど、なんと1万分の1に激減した。激減というよりは、消滅といった方が適切だろう。そんな逆境にもかかわらず、無謀にも欧米に提携先を求め、現在のAmazonと似たサービスシステムを始めてしまった。無謀というよりは、笑い話である。

 新興出版社だったにもかかわらず、ご縁があって学研、小学館、講談社、河出書房新社などと販売グループを作り、一緒に活動させてもらった。しかし、ある日ラジオのニュースでAmazonが日本で電子書籍の販売を開始すると知り、まさに黒船の襲来のごとく、日本の出版業界が激変すると予感した。その頃から、放漫な出版方針では立ちゆかなくなると考え、現在の主力商品である名入れオリジナル絵本に努力を傾注することにした。

 あれからすでに15年が経過し、16年目に入った。不思議なことだが、焦って販売冊数を増やすことを優先しなかった。当時の相談役からは、ネットワークビジネスのようにディストリビュータをたくさん確保し、販売量を増大するよう助言を受けたが、気が進まなかった。

 やがて産婦人科の現場を知るにつれ、様々な出産シーンがあることを目の当たりにした。両親版だけでなく、シングルマザー版、天使版、先天性障がい児版、さらには津軽方言版、気仙方言版などのバリエーションを増やすことになった。

 「商売人」的な視点から見れば、邪道なのだろうと思う。圧倒的に多い両親と赤ちゃん版の絵本販売を推進し、絶対量の少ないシングルマザー版や天使版などは、不採算アイテムとして無視する、というのが商売の王道なのだろうと思う。それは否定しない。

 しかし不思議なことに、売り上げの実質消滅という危機的状況にもかかわらず、数を追うことより、絵本を本当に必要とする人たちを視野の外に追いやることをせず、心の奥深くに届くメッセージを伝えたい、という心の促しに従うことにした。

 当然のことであるが、販売冊数の増加はスローペースだった。従って、苦しい資金繰りを強いられた時期も長かった。幸いに、いろいろな方々の協力と支援をいただき、なんとかここまで継続してこられた。

 販売金額だけを追い求めるのではなく、この絵本の内包する秘められた力を認め、主旨と理念に共感し、社会に広めるための協力をしようと考えてくれる人が・・・もちろん少ない人数ではあるが、私にとっては有難い援軍である。いろいろ助言をいただきながら、私自身もどんぶり勘定の放漫経営者から脱皮し、まともな経営者として目覚める朝を迎える時期が到来したのかと思っている。

 そんな気持ちで、この曲を聴いていると、本当に目覚めるのではないかという暗示にかかっているようだ。Despertar(デスペルタール)は、スペイン語で「目覚め」の意味だそうだ。・・・そうだ、目覚めを記念して、そのうち自分の名前も、「昼寝ネコ」から「目覚めネコ」に変えてはどうだろうか。いや、当分はまだ「寝ぼけネコ」のままだろうと思う。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-07-13 00:53 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< なんとか関門をひとつ越えたよう... すっかりストーリーを忘れてしま... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
千波矢さん コメン..
by hirune-neko at 07:10
鶴と亀さん コメン..
by hirune-neko at 17:45
causalさん ..
by hirune-neko at 13:11
こんにちは。 「思い出..
by causal at 11:40
千波矢さん コメ..
by hirune-neko at 18:11
記事ランキング
以前の記事
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ