昼寝ネコの雑記帳

夕刻のブログ記事 旧約時代と現代の比較〜ダビデとゴリアテ


OSCAR BENAVIDEZ..REMEMBRANCE : ASTOR PIAZZOLLA

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 今日、ある本に目を通していたら、旧約聖書サムエル記に出てくる、ゴリアテとダビデに関する記述が目に留まった。読みながら、向かうところ敵なしの巨人・ゴリアテが、これまでの日本の巨大なマスメディア、すなわち全国に情報を発信する新聞社、テレビ局、ラジオ局、雑誌社が合体している姿と二重写しになった。

 私が物心ついたときは北海道に住んでいたので、新聞は朝日新聞、北海道新聞、テレビ・ラジオはHBCやSTVのみしか視野に入らず、家族は皆、情報の100%をそれらから得ていた。誰かが個人的に報道内容に異を唱えて大声を上げたとしても、誰も気に留めず変人扱いされるだけだったと思う。

 日本ではメディアスクラム、アメリカではMSM(メインストリームメディア)と呼ばれるようだが、自国民の耳目を自分たちにだけ向けさせ、一切の異論や自分たちにとって都合の悪い情報を力ずくで排除する、まさに「情報の巨人・ゴリアテ」が立ちふさがり、行く手を遮ってきた。

 さて、ではゴリアテを単身で倒した若者・ダビデは、現代社会では一体誰のことを思い浮かべるだろうか。もしかしたら、ダビデとゴリアテについては名前だけで、詳細をご存知ない方もいらっしゃるかもしれない。少し長いが、以下にWikipediaに出ていた要約をご紹介する。

【Wikipedia】
(「ゴリアテ」より転載開始 文・画像とも)
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 ダビデとゴリアテの戦いは「第一サムエル記」第17章に記されている。ペリシテ軍はエフェス・ダミムに陣を敷き、イスラエル軍はエルサレムの南西にあるエラの谷英語版に陣を敷き対峙した。ペリシテ陣営からゴリアテという巨漢の戦士が現れると「勇者を一人出して一騎討ちで決着をつけようではないか。もしお前たちが勝てばペリシテはお前たちの奴隷となる。ただし俺が勝てばお前たちはペリシテの奴隷となれ」と40日間、朝と夕の2回にわたってイスラエル兵たちを辱めた。しかしイスラエル兵はゴリアテに恐れをなし、戦いを挑もうとする者はいなかった。
 羊飼いのダビデは、イスラエル軍に参加していた兄に食料を送り届けるために陣営を訪れていたが、この話を聞くと憤り、イスラエル軍を率いていたサウルにゴリアテの退治を申し出た。サウルは初めは難色を示したが、他に手段がなかったため、ダビデの出陣を許可した。サウルは自分の鎧と剣をダビデに与えたが、ダビデは「慣れていないので歩くこともできないから」とそれらを身に着けず、羊飼いの武器である杖と、投石器と、川で拾った滑らかな5個の石という軽装でゴリアテに挑んだ。
 ゴリアテは「さあ来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう」と嘲ったが、ダビデは「お前は剣と槍を頼りに戦うが、私はお前がなぶったイスラエルの戦列の神、万軍のの名を頼りに戦う。戦いは剣と槍の力で決するものではないことを人々は知ることになるだろう。これはイスラエルの神の戦いである」と返答した。これを聞いたゴリアテはダビデに突進した。ダビデは袋の中から1個の石を取り出し勢いよく放つと、石はゴリアテの額に命中し、うつ伏せに倒れた。ダビデは剣を所持していなかったため、昏倒したゴリアテに近寄って剣を奪い、首をはねて止めを刺した。
 ペリシテ軍はゴリアテの予想外の敗退により総崩れとなり、イスラエル軍はダビデの勝利に歓喜の声をあげた。イスラエル軍は敗走するペリシテ軍を追って、ガテやエクロンまで追撃して勝利を収めた。この戦いによりダビデの名声は広まり、サウルの側近として仕えるようになった。
(「ゴリアテ」より転載終了)
(Wikipedia 「ゴリアテ」より転載 文・画像とも)

 
 いかがだろうか。現代のダビデとは、誰のことなのだろうか。

 かつて、スヒョン文書や花王文書が話題に上った。いかに日本のメディアが外国勢力に支配されているかを知り、愕然とした人たちが多かった。潤沢な資金や人的な浸透により、長い年月をかけて日本のメディアが巨大化し、恣意的な暴走をしてきたと指摘する人が増えた。
 
 そのメディアは今もなお健在であるが、新聞の場合は実売部数の減少、テレビは視聴者離れが顕著な傾向になっているようだ。

 ダビデの言葉を再掲する。

 「私はお前がなぶったイスラエルの戦列の神、万軍のの名を頼りに戦う。戦いは剣と槍の力で決するものではないことを人々は知ることになるだろう。」

 これを現代風に翻訳すると、

 「私はお前がたちが侮った日本人を護る神、万軍のの名を頼りに戦う。戦いは資金力と組織力のみで決するものではなく、良心と正義感によることを人々は知ることになるだろう。」

 まさしく、インターネットの出現とここ数年の利用者の増大により、決して若者ではないものの、熟練したブロガー・ダビデがそこかしこに現れ、石投げ器の代わりにブログを通して懸命の攻撃を加えている。いくつもの打撃が致命傷につながり、劣勢を悟った勢力は、なりふり構わぬ言論封殺の暴挙に出ているように見える。

 ブロガーのみならず、ブロガーたちによって開示された真実を知った多くの読者もまた、老若男女を問わず、良心と正義感を胸にダビデに変身しつつある。

 誰だったか忘れたが、旧約聖書の預言者の言葉は、現代社会の私たちに向けられた預言と警告である、とある宗教家が語っている。もしそれが事実なら、やはり神学的終焉という流れは否定することができないと思わざるを得ない。また、日本人にはその神聖な力を受ける血統につながる人が多いと感じている。


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by hirune-neko | 2018-06-24 20:17 | 心の中のできごと | Comments(7)
Commented by 千波矢 at 2018-07-01 23:19 x
昼寝ネコ様①

反日メディアスクラムと日本人の戦いを『ダビデとゴリアテの戦い』に喩えられたのは慧眼だったと思います。

聖書の言葉には二重三重の暗喩があったりするので、ダビデを取り巻く描写のあれこれが、何を暗示しているのか考えるのはなかなか楽しいものでした。

・サウルは自分の鎧と剣をダビデに与えたが、ダビデは「慣れていないので歩くこともできないから」とそれらを身に着けず
・羊飼いの武器である杖と、投石器と、川で拾った滑らかな5個の石
・ダビデは袋の中から1個の石を取り出し勢いよく放つと、石はゴリアテの額に命中
・ゴリアテに近寄って剣を奪い、首をはねて止めを刺した

そして、意味深なこの言葉。
・ダビデは「お前は剣と槍を頼りに戦うが、私はお前がなぶったイスラエルの戦列の神、万軍の主の名を頼りに戦う。戦いは剣と槍の力で決するものではないことを人々は知ることになるだろう。これはイスラエルの神の戦いである」と返答した

    ↓

・「お前は剣と槍を頼りに戦うが、私はお前がなぶった大和の国(皇国日本)の戦列の神、八百万の神の名を頼りに戦う。戦いは剣と槍の力で決するものではないことを人々は知ることになるだろう。これは大和の国(皇国日本)の神の戦いである」

と置き換えたとしたらどうでしょうか?

                千波矢
Commented by 千波矢 at 2018-07-02 00:30 x
昼寝ネコ様②

思いついた順に
・川で拾った滑らかな石 → 急流に流され揉まれ打つかり転がってきた石 → 苦しみ悲しみ辛酸を舐めてきた人々
・5個の石 → 数多の石 → 数多の人々
(5という数字そのものに意味があるのかも  →非常に安定した守備の陣形・神秘の力・自然界の数字など)

・鎧と剣ではなく、羊飼いの武器である杖と、投石器と、川で拾った滑らかな5個の石を武器とした
 → 羊飼い=神の御子イエス → (?)
 → 杖=シロの杖=導くもの(指導者)=神の御子イエス → (?)
 → 投石器 (不明)
 → 川の滑らかな石=虐げられてきた人々(日本人)
 → 鎧と剣を持たない=無防備で暴力的でない(日本人)
  
・ダビデは袋の中から1個の石を取り出し勢いよく放つと、石はゴリアテの額に命中
 → 袋の中の1個の石=ある枠組みの中の数多の日本人の1部
 → 1個の石=敵と直接戦ったのは1部の日本人
 → 石は額に命中=戦いは効果的で敵は地に伏した

(③へ)         千波矢
 
Commented by 千波矢 at 2018-07-02 00:58 x
昼寝ネコ様③

・ゴリアテに近寄って剣を奪い、首をはねて止めを刺した
 → 敵の剣=新聞・メディア+『ペンの力』VSネット+『ペンの力』
 → 首をはねて止めを刺した=敵と同じ方法で戦い完全勝利した

・ペリシテ軍はゴリアテの予想外の敗退により総崩れとなり、イスラエル軍はダビデの勝利に歓喜の声をあげた。イスラエル軍は敗走するペリシテ軍を追って、ガテやエクロンまで追撃して勝利を収めた
 → ゴリアテの予想外の敗退=反日メディアスクラムの敗退
 → ダビデの勝利に歓喜の声をあげた=祖国の為に戦った全ての日本人
 → イスラエル軍は敗走するペリシテ軍を…追撃して勝利を収めた=愛する祖国の為に戦った全ての日本人の完全なる勝利

(④へ)           千波矢
 
Commented by 千波矢 at 2018-07-02 01:11 x
昼寝ネコ様④

神の御子イエスになぞらえる導くもの(指導者)をどう考えるか…

・安倍総理+心を一にする人々
・余命三代+余命プロジェクトメンバー
・八百万の神々(畏れ多き御方)

謎は謎のままに…
全てを解き明かすのは、野暮の極みかもしれませんね。

夜分遅くお邪魔しました。    千波矢
Commented by hirune-neko at 2018-07-02 10:23
千波矢さん

聖書解釈を有難うございました。

一般的な傾向として、旧約聖書は古い時代の
歴史記録だという視点で読む方が多いと思います。
千波矢さんのように、生きた解釈をされる方は
聖書学者や神学者に、どの程度存在するか
分かりません。
しかし、旧約聖書に書かれている内容を、
現代人に向けられた警告・勧告の言葉だと
見方を変えるなら、興味深い解釈ができそうですね。

時事小説とは別に、聖書から読み解く現代、
みたいな作品も面白いかもしれませんね。

昼寝ネコ
Commented by 千波矢 at 2018-07-03 07:52 x
昼寝ネコ様

『時事小説とは別に、聖書から読み解く現代、みたいな作品も面白いかもしれませんね』

    ↑

全くの素人考えですが、面白いかもしれませんね。

【マタイ13章24~43節】
の「麦と毒麦」の喩えは、現在の日本の事象にぴったりのように思えます。
           千波矢
Commented by hirune-neko at 2018-07-03 14:42
千波矢さん

【マタイ13章24~43節】の内容は
私も同感で、現在の日本にもそのまま
あてはまるように思います。

改めて現在の時事問題と旧約および新約時代の
できごとや譬えなどと比較対照すると、
面白い解釈がdけいるのではないでしょうか。

昼寝ネコ
<< やはり知能程度の高いパソコンに... なんとか闘志は枯渇していないようだ >>



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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