昼寝ネコの雑記帳

シンガポールから愛を込めて〜金正恩委員長の高笑いが聞こえる

A Time for Love by Shirley Horn

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 最初にお断りするが、今晩の私は妄想力全開モードである。したがって以下の記事の途中まで読まれて、「ああ、それが真実だったのか」と早合点し、大騒ぎをされないようにお願いしたい。くどいようだが、以下はネット上に散乱する様々な情報の断片を、妄想力によってつなぎ合わせただけの、妄想ストーリーである。

(妄想ストーリー開始)
シンガポールから愛を込めて〜金正恩委員長の高笑いが聞こえる」

 シンガポールにおける、米国・トランプ大統領と北朝鮮・金正恩委員長の、歴史的会談が終了した。会場となったホテルの周辺は、厳重な警備で固められ、屋外からの狙撃、ヘリコプターやドローンを含む空からの攻撃をも想定し、文字通りネコ一匹ですら入り込めないほどだった。・・・だったのだが、私は先祖から受け継いだ特殊能力を駆使し、会談で使用された部屋の片隅で一部始終を見守っていた。私の特殊能力は、トランスポーテーションといわれる瞬間空間移動能力、そして肉体から抜け出て視認できない霊体として存在することができる能力である。これらは、昼寝ネコ一族に伝わる能力のほんの一部である。

 さて、会談前には米国国務長官を始め、多くの人々が北朝鮮の即時の核兵器廃棄を主張していた。生物化学兵器も同様であり、拉致された日本人被害者の解放までも会談の合意事項として盛り込む意気込みだった。しかし、結果はどうだったろうか。
 多くのメディアが報じるように、米政府が求める、北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(CVID)」の文言は盛り込まれなかった。生物化学兵器も、日本人拉致被害者の件も同様である。

 一体、あの自信に満ちたトランプ大統領に、何が起きたのだろうか。秘密会談だったので、メディア記者が知り得ない、トランプ大統領と金正恩委員長の二人しか知り得ない会話があったのである。・・・いや、正確にいうなら、二人に加え、この私を含む三人しか知り得ない、信じられない、そして決して公表できない重要な会話があったのだ。その結果、世界最強の軍事力を持つアメリカ大統領といえども、ある意味で無力化されてしまったのである。

 当時の模様を、ごく簡潔にお伝えする。

 高圧的で自信に満ちたトランプ大統領の、ある意味では一方的なオファーが一巡した頃、金正恩委員長はそれぞれの通訳に退席を求めた。英国アクセントではあるが、流暢な英語を話すのを確認し、トランプ大統領は通訳の退席に同意した。
 そのときのトランプ大統領は、二人だけになったら、金正恩委員長が自分に土下座して額を床にこすりつけ、体制維持の保障と、CVID実施の時間的余裕を与えてくれるよう、懇願するだろうと考えていたようだった。

 しかし実際はそうはならなかった。すべてを詳細に記すと、膨大な文字量になってしまうので、概要だけを以下に記すことにする。

 金正恩委員長は、驚くほど流暢な英語で話し出した。ほぼ理解できたので、日本語に訳して記載することにする。

 「ミスター・プレジデント、あなたは『金策(キムテク)という人物をご存知だろうか。おそらくご存知ないだろう。金策は元々、陸軍中野学校出身の残置諜者の畑中理(おさむ)という名の日本人だった。太平洋戦争終結前に、畑中理は日本に帰らず北朝鮮に渡り、金策という名の朝鮮人として生きることにした。そして原爆で日本の無実の一般市民を大量に虐殺したアメリカに対し、いつの日か、その原爆でアメリカに報復するという固い決意を胸に秘めていた。やがて、その金策はロシアから帰国した、私の祖父である金日成を教育訓練し、北朝鮮独自の軍事力を組織することになった。
 豊富なウランを埋蔵し、大型ダムによる電力にも恵まれていたため、金策はアメリカへの報復のための原爆開発を指導した。金日成を中心に据えて北朝鮮を育て上げ、アメリカに報復するという怨念で、北朝鮮の軍事強化に生涯を賭けた人物だった。今日の朝鮮の発達に対する功績があまりにも偉大だったため、今日でも金策市、金策製鉄所、金策工業総合大学、金策軍官学校、金策航空大学、金策号という名前を付けているほどの、大変偉大な功労者だった。

 トランプ大統領、貴殿は我が国近海に強大な海軍力を派遣し、空軍力も飛来させ誇示している。軍事的威圧によって、我が祖国を、偉大なる金策が創り上げた朝鮮国を支配下に治めようと恫喝し続けている。今秋の中間選挙に向けて、功績を誇示したいのだろうが、そのような短絡的戦略が通用するとお考えだろうか。我が朝鮮は、陸軍中野学校で厳しい訓練を受けた畑中理・金策による、遠大な報復戦略に基づいてその成果を積み上げてきている。かねてから、アメリカに対して未曾有の攻撃を加えると、何度も警告を重ねた事実をお忘れだろうか。高高度での核爆弾破裂が引き起こすEMP攻撃は、ほんの序章に過ぎない。
 金策は当初から、核爆弾の開発と並行し、その小型化、さらには超小型化を優先目標としていた。我が国の優秀な科学者たちは、かなり以前にスーツケース原爆の開発に成功し、我が国の工作員の手によって、すでに全米数百カ所に秘匿し、いつでも遠隔操作で起爆できるようになっている。超小型化はさらに進み、全米中の建造物の基礎部分に埋め込まれている。ある自動車メーカーのラインには、部品に擬した超小型核爆弾が生物化学兵器と連動する形で、自動車に組み込むよう稼働している。今や、数え切れない無数の核爆弾が、アメリカ国内で待機しているのだという事実を、謹んでお伝えしたい。それでもなお、大統領は我が国に対して変わらぬ恫喝、軍事侵攻を企てるなら、私がお伝えしたお話が事実であることを、大統領ご自身がその耳目で確認することになると、改めてお伝えする。

 先の大戦で、貴国の原爆によって、軍属ではない一般市民が大量に虐殺された。アメリカは、未だにその人々の悲痛な運命を忘れてはならない。金策・畑中理の怨念は、今でもなお、彼の血を受け継ぐ我々にも引き継がれていることを、決して忘れないでいただきたい。アメリカに対する原爆による報復は、金策・畑中理によって創られた朝鮮国の当然の権利だと、我々は考えている。」

   *   *   *   *   *

 この会話は、どの報道機関も察知しておらず、従ってこのやりとりを知るのは、二人の国家元首、そして私の三人だけである。これが、大きく内容が後退した共同声明、そして突然の米韓合同演習中止の核心的理由であることは、誰も知らない。

 さて、以下の画像をご覧いただきたい。二人の表情を見較べていただくと、一目瞭然なのではないだろうか。今でも、シンガポールから金正恩委員長の高笑いが聞こえるような気がする。愛が込められているかどうか、そこまでは判断できない。
c0115242_02282390.jpg

合意文書を交換し、握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領=12日、シンガポール(ロイター)
(妄想ストーリー終了)

 しつこいようだが、再度申し上げる。あくまでも私の目撃情報というのは、妄想物語に過ぎない。国際政治の世界は、かくも深い闇の中である。しかし、懸念していることがある。あくまでも私の妄想の産物にしか過ぎない内容なのだが、もし仮にこれが実際にこの二人の国家元首の間で語られた内容に限りなく近かったとしたら、そしてそれがいつか後日証明されるようなことがあったなら、私はおそらく、世界中の政府や情報機関から、要注意の特殊能力者として監視対象になってしまうのではないだろうか。そうなってしまったら、おそらくだが、ノーベル文学賞候補にノミネートされる可能性はゼロになってしまうと思うと、至極残念である。せっかく、現時点の可能性が0.00001%もあると思っているのに。本当に残念である。


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by hirune-neko | 2018-06-15 01:52 | 創作への道 | Comments(2)
Commented at 2018-06-15 20:22 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hirune-neko at 2018-06-15 22:49
鶴と亀さん

コメントを有難うございます。

私も、元々は中杉さんのブログで読みました。シンガポールでの共同声明の内容が、当初と比べ大幅に後退したという印象を受けましたので、その理由について妄想してみました。

 ご指摘のように、なんらかの神学的な現象が起きることになるのではないかと、私も妄想しています。国際情勢だけでなく、国内も目を離せませんね。

 いろいろな宗教にお詳しいようですが、地球規模で不思議な現象が起こる時期になってきているのかもしれません絵。

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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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